2017年10月31日火曜日

病理専門医試験の出題傾向 〜 甲状腺編


# 病理専門医試験の出題傾向 〜 甲状腺

どどたん先生の onedrive を見てくださっていた人用に 2001-2017 年までの病理専門医試験で出題された疾患について,疾患名を修正して臓器分類とともに統一化していたものを公開していた.このデータを用いると,どういう疾患が出題される傾向にあるかが一目瞭然である.

例えば,甲状腺(組織)は 33 回出題されており,そのうち,10 回は medullary carcinoma が出され,ついで papillary carcinoma が出題されていることが分かる.受験参考書的に有名な tetracycline の副作用である black thyroid はわずか 1 回しか出題されていないし,みんなが間違えやすいと評されている hyalinizing trabecular tumor も 3 回のみである.

実際に出題委員の先生たちは過去の出題実績をもとに,ある程度吟味して問題構成を考えているので,この比率が全てではないが,全体として何を求めているのかを推定できよう.


甲状腺 出題数 平均点 最高点 最低点
Medullary carcinoma 10 4.4 4.76 2.92
Papillary carcinoma 9 3.38 4.54 1.12
Follicular carcinoma 4 3.22 4.43 2.13
Hyalinizing trabecular tumor 3 3.2 3.61 2.45
Adenomatous goiter 2 3.67 3.89 3.45
Undifferentiated carcinoma 2 3.65 4.08 3.21
Black thyroid 1 3.07 3.07 3.07
MEN type 2A 1 1.43 1.43 1.43
Subacute thyroiditis 1 4.31 4.31 4.31

病理に関するおすすめ本 〜 病理学を学ぶ

【コメント】
2022/01/01 本のリンクや版を含めて更新しました.ほとんど変わっていません.定期的に更新される本とほぼ更新されない本があります.内容の正確差の観点からは新しい本を一冊持っておいたほうが良いですが,その上で二冊目としては古い本を選ぶのも決して悪くはないです.
2021/05/05 本のリンクや版を含めて更新しました.
2019/09/23 比較的閲覧件数が多いので,コメントしておくと,リンクは最新の本へ変更しています.書いてあることはほとんど変わりません.シンプル病理学やわかりやすい病理学ですらわかりにくいと感じる人は少なからずいると思いますが,それはもうしょうがないです.どどたん先生の総論の授業を受けるのが一番です.

【ここで載せている本について】
  • 病理診断に関するおすすめの本(病理学を学ぶ学生,細胞検査士を受ける臨床検査技師,学生,病理診断に興味のある臨床医,病理専門の研修医)を紹介しています. 
  • 簡単な本から難しい本まで様々な本を紹介していますが,全てを買う必要は到底ありません.
  • 基本的には教科書+アトラス(あるいは簡単なテキスト+詳しい教科書+アトラス)で十分です

2017年10月29日日曜日

どどたん on the web

# Hello, everyone!

どどたん on the web です.Twitter で色々と発信してきましたが,もう少し世界を広く,ブログを開始してみることにしました.

# For whom...

このブログは主に次の方たちを対象としています.

・医学生
・臨床検査医学を学ぶ学生
・病理診断に関心を持つ,あるいは関連のある医師
・臨床検査技師
・病態生理について興味,関心を持つ看護師その他のメディカルスタッフ

一般の方でも理解できるような比較的平易な解説を心がけてはいますが,一般向けの方のブログではありません.

# For the time being...

さしあたっては無料で考えていますが,将来的にはアドセンスなどの収益化も考慮しています(うまく収益化が出来れば,ドメインを取得するなどもできる,,,かも)

著作権については一応放棄していません.しかし現時点では少なくとも細かいことを言うつもりはなく,皆さんの学習に自由にお役立てください.

月並みな言い方ですが,この資料を活用してなにかしら業務に不具合が発生したとしても,どどたん先生は責任を取れません.情報の正確性を含めて他の資料をあたるなどして確認することが望まれます(それは他の教科書を読むときでも同じことです).

# Comment, please!

なにかあれば,プロフィールから連絡先に行くかあるいは twitter @ddtns へどうぞ.


2017年10月8日日曜日

乳腺のやっつけかた【1. 乳腺針生検を見る前に知っておくこと】

2017/10/08 1st edition.
2018/12/29 Last updated.

○ 乳腺の解剖

末梢乳管+小葉 = terminal duct lobular unit という単位を形成(ここが乳癌の発生母地と言われている)
・乳管,小葉のいずれも本質的には似たような構造で,内腔側の腺上皮(乳管上皮)と基底膜側の筋上皮からなり,腺上皮と筋上皮の二相性になっている(この特徴は「腫瘍の浸潤」を評価する上でのとても重要なポイントになる)
・乳管は集まって最終的に乳頭に開口する(乳頭部付近では乳管が複雑に入り組んで一見悪そうに見えるので要注意 ➡あくまで筋上皮が見られることが悪性を否定する根拠となる
・乳管,小葉は基本的に乳腺間質という膠原線維性の結合組織の中に埋まるようにして見られ,乳腺間質周囲には脂肪織がある
・エコー上では他にクーパー靭帯が重要な指標として用いられているが,実際組織標本で見てもよくわからないし,教科書でもあまり言及はされていない(おそらく乳腺間質も靱帯も同じ膠原線維からなっており,区別が難しい)

○ 乳癌の名称変更について 〜 2012 年に新しい WHO 改訂版が出ている

・浸潤性乳管癌が浸潤癌 invasive carcinoma, NST という名称に変更
 ∵ 乳管癌が乳管発生,小葉癌が小葉発生というわけではなくて,いずれも乳管から小葉へつながる一連の terminal duct lobular unit (TDLU) 由来だということがわかってきたため,ductal carcinoma と記載する必要性が乏しくなった
・従来の乳管癌は ductal carcinoma in situ -> 浸潤すると invasive carcinoma となる(小葉癌は special type に分類されている)
・とは言え,少なくとも日本では慣習的に invasive ductal carcinoma が使われており,今回乳癌取扱い規約 18 版でもその名称が残っている
・他の病変についても,新しくなった取扱い規約をベースに,適宜新しい WHO 分類について言及している

○ 癌取扱い規約についてのあれこれ

・乳癌取扱い規約は以前から他の癌と比べて,独自路線をひた走ってきたと言われている
・浸潤性乳管癌の亜分類である「乳頭腺管癌,充実腺管癌,硬癌」という分類は世界では使われておらず,ガラパゴス的な存在になっている
・乳腺病理の大御所先生たちはどうやらこだわりがあるようで?今回の 18 版でも同様に継承されている
・「乳頭腺管癌,充実腺管癌,硬癌」の分類はマンモグラフィやエコーとの対比を考えた分類と言われていて,組織学的な診断がいまいち置き去りにされている感がある
・おそらく時代とともに WHO 分類に倣っていくものと思われる



乳腺のやっつけかた【6. 良悪性の判定が難しいとき,あるあるお悩み・失敗例】

2017/10/08 1st edition.
2018/12/29 Last updated.

○ 良悪性の判定が難しいときにすべきこと
一番簡単なのは専門家に投げること.近くあるいはコンサルテーションシステムを使って専門家に丸投げしてみる
・最近はだいぶ改善している気がするけど,偉い先生(○害?)が癌といえば癌になるようなちょっとずれた診断もあったと思う
・もしコンサルテーションをするのが現実的ではないときは,切除生検を勧めてみる(臨床医からすると切除生検をした後追加切除をするのは結構難しいらしく,切除生検を勧めてみても部分切除になることが多い気がする)
・胃癌や大腸癌だと,ESD までは癌がなくてもなんとなくセーフという風潮があるのと同時に,乳腺だと部分切除まではなんとなくセーフという風潮がある.もちろんその前提として臨床医から患者への丁寧な informed consent が重要なことは言うまでもない

○ あるあるお悩み・失敗例 〜 浸潤性乳管癌 vs 硬化性腺症
・これがトラブルになるナンバーワン.方や悪性,方や良性で,画像上も結構紛らわしくて,どちらもありの文脈になっている
・間違えると医師免許が飛ぶ,,,ことはないと思う
・多くのプロたちが間違えているものなので,決定的な鑑別点がないのが困りものだけど,しばしば乳管周囲の間質の有り様について語られることがある.すなわち,腺症であれば乳管周囲の間質は硝子化していたりして,かつ流れがスムーズ,浸潤性乳管癌であれば乳管周囲の間質は途切れていたり,線維芽細胞が見られていたりしている.当然乳腺症では上皮の二相性が保たれる
・と言っても難しいので,少しでも悩んだら,免疫染色が無難なところ(本当の問題は悩まずに出してしまうことで,そのためには常日頃から意識的に見ないといけない

○ あるあるお悩み・失敗例 〜 Microglandular adenosis vs 浸潤性乳管癌
・Microglandular adenosis という疾患概念を知らない人は多分浸潤性乳管癌としているだろうし,稀だけど,結構鑑別が難しい
・Microglandular adenosis は筋上皮細胞が消失しており,免疫染色 (CD10 陰性,p63 陰性) では結果だけを見ると,浸潤性乳管癌にしてしまう.核異型が乏しく,比較的単調な増殖を示すことが多くて,その点で浸潤性乳管癌とは何かが違うのではないか?という疑問を持つことができれば合格だと思う

○ あるあるお悩み・失敗例 〜 乳管内癌 vs 乳管内増生
・典型的には乳管内癌は核が丸くて単調,腺腔を形成する時には極性が見られる(極性というのは腺腔に対して核が基底部に揃っている状態)
・乳管内増生は核が大小不同があり(大小不同があっても多形性はない),腔を形成しても,極性は目立たない.また充実性に増殖している部分で CK5/6 陽性の細胞が介在(一応乳管内増生の特徴的な所見)しているのが確認できる

○ あるあるお悩み・失敗例 〜 乳管内癌 in 乳管内乳頭腫
・乳管内乳頭腫内に乳管癌が進展することがある
・ある程度大きな乳管内乳頭腫の中に少し性状が違う,雰囲気の違う領域(単調な細胞の増殖)があれば免疫染色 (p63, CK5/6, CD10) を出してみると良い
・乳管内乳頭腫であれば,CK5/6 陽性細胞が介在しているはずで,乳管癌と思われる部分では CK5/6 が欠落しているはず

○ あるあるお悩み・失敗例 〜 乳管内癌 vs Atypical ductal hyperplasia (ADH)
・正直 atypical ductal hyperplasia の定義が微妙で(複雑かつ不明瞭)で気軽に使えない
・low grade DCIS との鑑別が明瞭ではない(上に,近くに明らかに DCIS があれば ADH 病変も DCIS の一部としてみなされる)
・ちょっと異型のある乳管に対して気軽につけられる所見ではない
・どどたん先生的にはあまり使わない用語の1つ

○ あるあるお悩み・失敗例 〜 異型乳管上皮 atypical ductal lesion
・前述の理由で,ADH の定義自体が非常に微妙で特に生検ではつけることがとても躊躇される(下手につけると独り歩きしてしまうので)
・乳腺の専門家に言わせれば,ADH 相当の異型乳管も近くに明らかな DCIS があれば,まとめて DCIS にするとかで,要は全体を見通して診断しないといけいないことになっている
・そういうわけで,ADH っぽい,でも乳管癌とするほどの異型は言い難い,っていうときにどどたん先生は atypical ductal lesion という言葉を多用している
・教科書的には乳管内に対して,二相性の見られない乳頭状増殖,Roman bridge 構造(乳管内で伸びだした上皮がくっついて橋渡し構造を形成する),平坦だけど,核が丸く腫大している,といった構造が見られれば,doubt として引っ掛ける
・どどたん先生の実感からはこれらの異型上皮が見られたら,だいたいどこかに癌があることが多い気がする

○ あるあるお悩み・失敗例 〜 乳管内癌 vs 浸潤性乳管癌
・ちなみに某検査センターでは悪性と判断されたら CK5/6, p63 をルーチンで染色して,二相性を確認しているそう
・困ったら免疫染色がキーワードになるのは当然のことであるが,困る状況は以下の通り
・大型の腫瘍胞巣が散見される場合は圧排性浸潤により二相性が消失している可能性がある
・「はす切れ」によって小型の腫瘍胞巣のようにみえることもある
・もう一つ.HE 染色を見れば分かるという先生もいるかもしれないが,大手の ○CL が全例で免疫染色をルーチンですることにした意味をもっと真摯に考えたほうがいい.ダブルチェックをしているラボでも症例数が馬鹿みたいに多くなると見逃す可能性があるということと,間違えた場合のインパクトがあまりにも大きすぎるということ.それだけコストをかけたとしても仕方ないと思わせるほどのことだという話

○ あるあるお悩み・失敗例 〜 粘液癌 vs Mucocele like lesion
・粘液癌のところで概説をしたけれど,針生検で mucocele like lesion と確定診断をするのは極めて危険
手術検体で明らかな粘液癌(他の癌成分)がなければそうつけるしかないけれど,上皮成分が見られなければ,所見記載でコメントに留めるのが無難

○ あるあるお悩み・失敗例 〜 センチネルリンパ節転移の見逃し
・リンパ節転移の見逃し症例の多くは経験上,浸潤性乳管癌の転移症例.小葉癌の方が難しいけど,その分注意して見るし,そもそも頻度自体が少ないため
2ch (現 5 ch)辺りでは,小葉癌見逃すのは馬鹿だみたいな言われ方だけど,実際は乳管癌ですら難しい
・見逃しのパターンとしては,転移巣の腫瘍が量的に少ない場合と,逆にびまん性に転移していてかえって気づかなかったパターンがある
・100% 見逃しを防ぐことは不可能.せめて見逃しのパターンを知っておくだけでも違う

○ あるあるお悩み・失敗例 〜 別のところから or へ転移した乳癌
・乳癌が別のところに転移することはよくある話で,原発不明癌で特に女性の場合は乳癌は特になくても頭のなかに入れておかなくてはいけない(ここら辺を鑑別診断のスタートで入れられるかが,いかに早く正解にたどり着けるかの違い)
・乳癌の脳転移は臨床的にも指摘されていることが多くて,正直あまり問題にはならないが,乳癌の肺転移,胃転移,子宮転移(後は正直どこでもあり)などに注意が必要
・特に小葉癌の転移の場合は,個在性の浸潤であるためそもそも癌としての認識が難しいこともある(リンパ腫とかと間違われる)ので,転移性腫瘍を疑った場合は非上皮様に見えても,念のために AE1/AE3 などの pancytokeratin を加えておくなどの慎重さが常に求められる
・逆に別のところから乳腺に転移,浸潤した癌の可能性も念頭に置かないといけない(悪性黒色腫や腎癌など).ちょっとでも定型的でないと感じたら既往チェックや免疫染色で裏を取るべき

乳腺のやっつけかた【5. 上皮間質性病変のみかた,免疫染色の解釈のしかた】

2017/10/08 1st edition.
2018/12/29 Last updated.

○ 線維腺腫 fibroadenoma (FA)
・線維腺腫は上皮及び間質が増殖している病変で,上皮成分,間質成分いずれも異型がないものを指す
・上皮成分は当然のごとく,二相性が保たれており,これは HE 染色でも大体分かる.間質成分については線維芽細胞は確認できるものの,異型は弱い,あるいは細胞成分そのものが乏しいことが多い
・上皮と間質の関係性から幾つかのサブタイプがあるが,診断自体には一切不要
・上皮成分がますます多くなると小型の乳管が密に増殖した管状腺腫 tubular adenomaになる(adenoma という用語が misnomer ではあるが…)
線維腺腫のスペクトラムの中に管状腺腫が入っており,部分像として見られていても全体としては線維腺腫に含める
小児(女児)ではたまに巨大な線維腺腫を形成することがある.大きいから葉状腫瘍だという認識をしてはいけない

○ 葉状腫瘍 phyllodes tumor
・線維腺腫は上皮(二相性あり)及び間質が増殖している病変で,間質に異型があるものを言う(上皮が異型のあるものも入れてもよいのかもしれないが,実質出会わない)
・分類としては benign, borderline, malignant があり,核分裂像,細胞密度や Ki67 index などを含めて「総合的に」分類することになっている(要するに適当
・正直線維腺腫と良性の葉状腫瘍の鑑別は難しいことが多くて,全体像から判断しなくてはいけないこともしばしばあるため,針生検では fibroepithelial lesion と診断していることが多い(葉状腫瘍の異型度も部位によってスペクトラムがあり,悩ましい場合は判断保留にする)
・線維腺腫ではなくて,良性の葉状腫瘍と言うための特徴の1つに「phyllodes pattern」がある.これはやや大きめの間質の周りに乳管上皮が被覆して,全体として葉っぱのような形態を示す.これがあれば葉状腫瘍といいやすい
・一つの葉状腫瘍の中に異型度に heterogeneity が見られることがしばしばあり,一応作製した標本を丁寧に見ること
・悪性の葉状腫瘍はほぼ肉腫に近い像を示すことが多く,針生検では上皮成分がなく,間質成分のみ採取されてくることがあり,その場合は "sarcoma, NOS" としか診断できないこともある.その場合でも葉状腫瘍の可能性については言及をしておくこと

○ 免疫染色の解釈の仕方
・治療上の適応を確認するために ER, PgR, HER2, Ki67 をオーダーする(HER2 は免疫染色或いは FISH,たまに両方やっている施設もある)
・ER, PgR の判定はいくつか分類があり,どれが一番と言うのはなさそう(世界に一つだけの花?)で,施設ごとの採用で良さそう
・Ki67 は hot spot で数えることになっているけど,一体何個数えたら hot spot なのかも含めてはっきりとした定義はなく,悩ましい.こういう場合はバカ正直に数えるのはあまり意味が無い気がする
・HER2 の免疫染色は Dako と Nichirei があるが,Dako は 2+ が多く,Nichirei は 0 or 3+ のどちらかに別れる印象.FISH も,腫瘍内の heterogeneity (場所により HER 遺伝子の増幅の程度が結構異なっていたりする)を考慮すると,一体何を信用したらいいかわからなくなるよね,まぁ人生と同じ
・良悪性の判定のために,筋上皮を確認するマーカーとして p63, CK5/6, CD10, αSMA をオーダーするが,αSMA は間質細胞にも結構染まったりして使いにくい.実際は p63 だけ,あるいは p63 + CK5/6 ± CD10 あたりを出すことが多い.筋上皮マーカーは複数で評価すること

乳腺のやっつけかた【4. 明らかな悪性の上皮性病変のみかた】

2017/10/08 1st edition.
2018/12/29 Last updated.

○ 「悪性」と判定する細胞学的な根拠 〜 腫瘍細胞の単調さ

・乳癌以外の一般的な癌は腫瘍細胞の多形性が出てくると言われる
・乳癌の細胞も広い目で見るともちろんその例外ではないのだが,乳癌(特に乳管癌 ductal carcinoma)では「核に張りが出てきて,単調さが出てくる」のが特徴だと言われる.
・張りが出てくるというのは要するに丸みを帯びてくることで,大小不同がなくなって同じような細胞に見えてくる.さらに浸潤性乳管癌になって悪性度が上がると,核に多形性が出現するのである(もちろん乳管内癌でも多形性が出てくることもあるけれども)
・結論:乳管癌は核が単調で丸みを帯びてくる

○ 「浸潤」と判定する細胞学的な根拠 〜 筋上皮の消失

・細胞異型から癌と診断し得た(少なくとも乳管癌といえた!),という状況下で,果たしてこの病変が浸潤しているのだろうか?という疑問が生じる
・乳腺(そして外分泌腺という意味で共通の前立腺)の浸潤の実質的な定義は筋上皮(すなわち乳管上皮+筋上皮の二相性)の消失とされている
・筋上皮は基底膜側にあり細胞質が明るいことが多く,わかりやすい
・実際にはあまり深いことは考えず,乳管癌に矛盾しない異型細胞からなる腫瘍胞巣が明らかに乳管の構築からかけ離れた構造を作り散在性に分布するように見られれば浸潤と判定しているが,腫瘍胞巣自体の異型が弱い(増殖する細胞の核異型が軽い)場合は後述する腺症を見ている可能性があり,免疫染色を行う
・免疫染色:筋上皮は CD10(細胞質), αSMA(細胞質), p63(核), CK5/6 (or CK14 でも okay, このマニュアルでは CK5/6 に統一している)(細胞質) が陽性
・免疫染色を提出する際には核あるいは細胞質のどちらかが陽性となるものを組み合わせて使うと良くて,たまに染まらないことがあるので複数出すことを心がける
・αSMA はいろんなものに染まるので,CD10, p63, CK5/6 の 3 種類のうち,気分で 2 種類(通常は p63 + CD10 or CK5/6)を染める
・免疫染色については後で詳しく書いている

○ 乳管内癌 ductal carcinoma in situ (DCIS) / non-invasive ductal carcinoma
・最もよくある癌.とりあえずビール的な感じの極めてよくある疾患
・乳管内を丸く腫大した核を有する単調な異型細胞が密に増殖し,部分的に腺腔を形成している
・腺腔を形作る異型細胞には極性が見られる(極性の乱れ,ではなく,極性がある!).
・極性がある,というのは腔の周りお行儀よく細胞が並んでいて,その並んでいる細胞の核は基底部側(腔から見ると,腔の辺縁)に見られる状態,ちょうど正常な腺管を模倣しているような状態を指す
・逆にこの極性がない状態だと,乳管内増生と判断される(ここは勘違いしやすい.普通は極性が乱れていた方が悪そうに見えるが,乳腺の場合は極性があれば悪性と判断しやすい
・ポイント:核が丸く腫大している(まるまるっとしている,このことをもって「核が張っている」と表現する人がいる),大小不同が目立たないことも乳管内癌とする特徴の1つである
・何が乳管内癌であるという定義よりも何が乳管内癌ではないかという否定の定義の方が意外としっくりくると思う
・すわなち,乳管内を増殖する病変で,細胞接着性があり(小葉癌ではない),腫瘍細胞が単調であり(乳管内増生ではない).腫瘍内及び筋上皮が介在している(乳管内乳頭腫あるいは乳管内増生,あるいは浸潤癌ではない)といった特徴を有している.要するに DCIS の所見を記載する場合にはこれらの項目を満たすような記載をしなくてはいけない

○ Solid papillary carcinoma
・間質を伴って,乳頭状に増殖する乳癌の一種.乳管内癌扱い.18 版では ductal carcinoma in situ (DCIS) の中で solid papillary type として掲載されている(臨床的な取り扱いも DCIS に準じている)
・腫瘍細胞は核は丸く,偏在性であり,plasmacytoid と形容されるのが特徴,免疫染色で Synaptophysin, Chromogranin A, CD56 のいずれか 1 種類以上が陽性を示す
・腫瘍内部では二相性が消失しているが,辺縁には p63 or CD10 陽性の筋上皮を確認できる(以上から非浸潤癌とする)
・たまに浸潤癌を形成することがある(間質内に明らかな腫瘍の小胞巣形成が見られれば間質浸潤と判定するが,微妙なことが多い▶微妙な場合は判定保留にしてもあまり臨床的には問題ない)
・粘液癌 mucinous carcinoma でも neuroendocrine marker が陽性となるため,両者の異同が議論されている(というか手術検体を見ていると,粘液癌と solid papillary carcinoma が連続したような組織像が見られることがある

○ Encapsulated papillary carcinoma vs intraductal papillary carcinoma (papillary DCIS) vs Intraductal papilloma
・いずれも乳頭状増殖が特徴の病変だが,日常の診断でつけることはあまりない,比較的珍しい疾患ということになる
・どどたん先生は自分の症例として見たことがないので,教科書的なポイントだけ列挙しておく
・Encapsulated papillary carcinoma:乳頭状に増殖する癌であり,乳頭状に増殖している部分の間質に筋上皮細胞の介在はなく,また腫瘍胞巣辺縁にも筋上皮の介在がなく,薄い線維性被膜によって被覆されている.一応浸潤癌という扱いのはず
・Intraductal papillary carcinoma (papillary DCIS) :papillary DCIS という別名があるように本質は DCIS. だから乳頭状に増殖している部分の間質には筋上皮細胞の介在はないけど,腫瘍胞巣辺縁(≒乳管)には筋上皮が見られる(▶浸潤ではない)
・Intraductal papilloma(乳管内乳頭腫) :上で説明したとおり.乳管内乳頭腫で問題となるのが乳管内癌が乳管内乳頭腫内を進展した場合.この場合は部分的に筋上皮が消失し,単調な細胞が増える領域が見られる.気になれば CK5/6, p63 を染色すると,癌が進展している部分だけ,陰性になるはずである

○ 小葉癌 lobular carcinoma
・乳管癌は乳管由来,小葉癌は小葉由来ということになっていたが,現在ではいずれも TDLU から発生することになっている
・小葉癌の特徴は何と言っても腫瘍細胞が孤在性にばらばらと増殖すること
・免疫染色では E-cadherin が膜に陰性となるのが特徴(細胞接着因子なので,本来は細胞膜に陽性にならなくてはいけない.たまに細胞質に陽性を示すことがあるが,それは E-cadherin が細胞膜までうまく運ばれていないため,免疫染色の解釈としては陰性と判断する)
・E-cadherin が稀に陽性となる小葉癌があるが,原則的には HE 染色で見えたときの結果をもとに小葉癌と診断するため,E-cadherin 陽性でも,ばらばらしていれば小葉癌としてよい
・小葉癌は増殖,浸潤パターンが非常に独特で,in situ 病変の場合は小葉の構築は保ったまま置換するように増殖するためぱっと見ると見逃す可能性がある(感覚としては「既存の乳管がぺちゃんこではなくて,小型だけど均一に少しふくらみがある」ような場合は注意.通常の乳管が丸く膨らんでいる時点で何かしら変化がみられると考えておいた方が無難)
・浸潤癌の時は,乳管周囲にパラパラと同心円状に広がるような浸潤を見せる
・臨床的な観点から.エコーやマンモグラフィなどの画像検査では腫瘤として認識しづらく(当然認識できることもあるし,臨床医の腕によるところもあるが...),「よくわからないけど,刺してきました」とある場合は小葉癌の可能性は常に念頭に置く
・女性の原発不明癌の中でも比較的重要.腫瘤形成が乏しいため,転移先で良く見つかる.前情報なしで他の臓器において果たして小葉癌と診断できるか?

○ 粘液癌 mucinous carcinoma
・豊富な粘液性間質内に腫瘍細胞が浮遊している状態で,浮遊している腫瘍細胞は癌でありさえすれば良い(個在性の低分化腺癌でも高分化腺癌でもどっちでもいい)
・普通の浸潤性乳管癌で,粘液性間質が目立つものもこの診断名の中に入っている
・腫瘍のマッピングがしばしば難しいけれども,一応粘液のあるところは腫瘍があるという認識で良い(これは乳癌に限らず,粘液性の間質が豊富な腫瘍では腫瘍細胞が見られなくても腫瘍の範囲と認識していることが多い)
・Mucocele like lesion (粘液性間質だけで,上皮成分が見られないもの)との異同が問題となっているが,おそらく最近 mucocele like lesion と診断することはほとんどないのでは?成書によっては,mucocele like lesion と粘液癌は本質的に同一のものだという主張もあるくらい
・一応言及しておくと,mucocele like lesion というのは粘液中の細胞成分がないものを指してる
・結論としては粘液性間質が豊富に見られる腫瘍は基本粘液癌を念頭に置き,どうしても上皮成分が確認できない場合に mucocele like lesion suspected として粘液癌の可能性について言及しておくのが現実的な気がする

○ 髄様癌 medullary carcinoma
・やや幅の広い,細胞境界不明瞭な大型の腫瘍細胞がシート状に増殖し,間質に豊富なリンパ球を含んでいる特徴的な腫瘍
・核の多形性が強く,また核分裂像も多い(浸潤性乳管癌の nuclear grade を計算すると必ず grade 3 になるが,通常型の浸潤性乳管癌よりも予後が多少良いことになっている
・免疫染色では CK5/6 が陽性となるのが特徴
髄様癌という名称だが甲状腺の髄様癌とは見た目も由来も全然違うので混同しないこと
・リンパ球浸潤が多い上皮性腫瘍はしばしば予後が良いことが多い(例:胃の gastric carcinoma with lymphoid stroma).多分髄様癌もそういうことになっているんだと思う
・ちなみに乳腺の専門家で細かい先生は髄様癌という名称を嫌がる人がいる(境界明瞭な腫瘤,腫瘍細胞の癒合状の増殖,高度の核異型,豊富なリンパ球浸潤の全ての要素を完璧に満たさないと medullary carcinoma と言いたくないという人たち).そんな人に対しては carcinomas with medullary feature としておけば良い.本質的にはあまり変わらないと思っている

 ○ その他の頻度の比較的稀な組織型
・化生癌 metaplastic carcinoma:化生というのは「組織の形態が変化すること」で腺上皮 → 扁平上皮のように使われるが,基本的に良性あるいは非腫瘍性の時に用いられる用語.だから化生+癌というのは矛盾しているような気がするが,仕方ない,世の中そうなっているから.乳腺原発の扁平上皮癌は化生癌の中に入っており,稀だがある.骨や軟骨を形成する癌があるようだが,どどたん先生はみたことない
・紡錘癌 spindle cell carcinoma:紡錘癌と言うと,普通はいわゆる癌肉腫 carcinosarcoma を指しているはずなのだが,cytokeratin 陽性の紡錘形細胞が増殖する腫瘍を指している(それ以外の sarcomatous な腫瘍は metaplastic carcinoma に入るようだ)
・他には唾液腺腫瘍や皮膚でできる腫瘍も乳腺腫瘍として生検あるいは切除されてくる可能性がある(腺様嚢胞癌や悪性黒色腫など).ちょっとでも定型的な組織型と違うと感じたら,なるくべく免疫染色で裏をとった方がよい(間違えたら色々とシャレにならないので)

乳腺のやっつけかた【2. 乳腺針生検の報告様式】

2017/10/08 1st edition.
2018/12/29 Last updated.

○ Adequate / Inadequate 及び normal or benign/indeterminate/suspicious for malignancy/malignant について記載
この報告様式は「いまふう」で,最近はそういう報告様式が流行っている.厳密な由来は知らないけれども,おそらく細胞診あたりから入ってきた?様式と思っている
・検体の適正,不適正を,adequate, inadequate で表現し,良悪性あるいは評価不可能は normal or benign/indeterminate/suspicious for malignancy/malignant で表す
・病理医としては「所見読めば分かるじゃん!だから何?」という気もするけれども,まぁ流行りだから仕方ない
・最初にこの検体が評価に値するものなのか,そして良性なのか,悪性なのかという方向性を出した上で所見を読んでほしいというニュアンスなのだろう

○ 結局は主観的な判断
・報告様式を読んでも,何を持って適正とするか,とか非常に微小な検体で,でも見える範囲内では良性の場合は benign にするか,indeterminate にするかは書いていなくて,細かいところのあまり基準が一定していない
・例えば fibroadenoma は良性でいいとして,phyllodes tumor, benign は果たして悪性と言っていいのか,など
・決まりがないというのは裏を返せば何を書いても良いということでもあるのであまり深く考えない

○ 針生検において,どどたん先生的に書いたほうがいいと思っている項目
採取方法針生検とマンモトーム生検の別をちゃんと記載したほうがいいという病理医もいるけど,どどたん先生的には検体量の多寡が問題となるだけであまり区別する必要性は乏しい気がする(採取している側はわかっているはずで,どちらも生検であることには変わりないわけだから).ちなみにどどたん先生は針生検とマンモトーム生検は一応どちらなのかの記載をしている
・組織型:これはとても重要
・核グレード:核異型度( 1-3), 核分裂像(1-3) の合算から求めるスコア.乳癌取扱い規約では浸潤性乳管癌について記載することになっているが,実際は浸潤性小葉癌などの他の組織型でも求められることがある
・18 版の取扱い規約から tubular formation を含めて histological grade として記載しても良いことになった.どちらかあるいは両方書くかは施設方針による
・生検の範囲内での腫瘍の進展の範囲: 大体は乳腺間質内(g)か脂肪織(f)のどちらか.乳腺間質内にとどまっているように見えた場合は書かなくてもいいけど,脂肪織にまで入っている場合は積極的に書いたほうがよい(「こんな小さい検体でも脂肪織まで入ってますよ!」というアピールになる)
・組織学的にはどうでもよいけど,乳管内あるいは間質内の石灰化の有無は書いてあげると親切(エコーやマンモグラフィーでは石灰化はとても重視している)
・免疫染色の結果(乳管内癌であれば ER, PgR, 浸潤癌であれば ER, PgR, Her2, Ki67 をオーダーしているが,ここらへんのオーダー及び解釈はかなりローカルルールが多いと思う)
・ER, PgR は Allred score でもいいし,J-score でもいい.臨床の先生の希望に沿う.Ki67 index は臨床的には結構重視されているにもかかわらず,かなり曖昧な運用と言わざるを得ない.施設平均を出せって苦笑
・ちなみに将来偉くなる予定の三流病理医の先生たちは,これらの基準を使うよりも陽性率,陽性強度,heterogeneity の有無など客観的かつ根本的な所見の記載+現行で行われている基準で記載しておいた方が整合性や研究の面で有用

乳腺のやっつけかた【3. 良性とされる病変のバリエーション】

2017/10/08 1st edition.
2018/12/29 Last updated.

○ 乳腺症性変化 mastopathic change
・一般に乳腺症性変化という言葉は欧米では用いられておらず,fibrocystic disease がそれに相当する
・海外では mastopathic change という言葉は使われていないかもしれない
乳腺症は乳癌の発生母地だ,と主張されることが多いが,程度の差はあれ,大抵みんなあるので,それを言ったらみんな乳癌になってしまうことになり,若干眉唾もの
・乳管の拡張,乳管内増生 duct papillomatosis (ductal hyperplasia, usual ductal hyperplasia),アポクリン化生,などなどで腺症も含むかなり雑多な概念で,
・これらは全て良性というのがポイントで後々の鑑別診断で登場してくる

○ 腺症 adenosis
・腺症というのは要するに腺が増えている状態
・正常の乳管が集まってできる小葉の構築とは異なり,密集している印象
・線維化を伴って腺が増える硬化性腺症 sclerosing adenosis はよく癌と間違われやすい(エコー上も組織像も)
・腺症が診断できることが重要というよりも癌と間違えないように注意
・浸潤性乳管癌との鑑別はなんと言っても筋上皮があるかないかで,腺症であれば必ず筋上皮が確認できる
・HE 染色レベルではっきりと筋上皮を認識できれば腺症としてよいし,できなければ筋上皮のマーカーを染めて筋上皮の有無を確認する

○ 乳管内乳頭腫 intraductal papilloma
・拡張した乳管内を乳管上皮が乳頭状に増生し,間質が介在している病変で,乳管上皮と筋上皮の二相性は保たれる
・拡張した乳管は手術検体では認識しやすいが,生検では部分像でありはっきりとした乳管構造を認識できないことがある
・そのような針生検でも乳管内病変だということを認識できる必要がある → 腔の一部として矛盾しない扁平な細胞が裏打ちした部分とヘモジデリン沈着や組織球浸潤があれば intraductal な病変であることが示唆される(ヘモジデリン沈着や組織球浸潤が cystic な変化を示唆するということは細胞診でも有用な考え方)
・乳管の拡張が高度で嚢胞状の形態を呈していれば intracystic papilloma と呼ぶこともある
乳管内癌 ductal carcinoma in situ が乳管内乳頭腫内を「進展」することもしばしばあるので注意が必要

病理医としてのキャリアパス:中間点

# 次はいずこへ どどたんせんせはいわゆる around 40 で,この職場で留まるべきか次にどこかに行くべきかをそろそろ悩まなくてはいけない感じなっている.ある程度 public なこういうブログで書くべきかは悩ましい感じもするが,ごく普通の人の普通のキャリアパスについての具体...