2019年2月3日日曜日

病理診断における誤診のパターン

# 病理診断における誤診問題

病理診断における誤診というのはいくつかのパターンに分けられている.しかし実際問題まだ焦点の当たっていない問題であり,あまり系統だった分類や検討がなされているわけではない.今回はこの病理診断における誤診の問題について取り上げてみる.

なお,このブログはどちらかというと病理診断に興味のある医療従事者を対象としており,専門的な用語がしばしば登場する.非医療従事者については積極的には対象としていない.

# 誤診のパターン

誤診の場合に問題となるのは腫瘍性疾患が圧倒的に多い.よってしばらくは腫瘍性疾患を念頭に話を進めていく.腫瘍性疾患の誤診は大きく
  • がんをがんではないと診断したもの(悪性を良性と診断)
  • がんではないものをがんと診断したもの(良性を悪性と診断)
  • がんではあるが組織型を間違えたもの(悪性の中での診断の違い)
  • がんではないが組織型を間違えたもの(良性の中での診断の違い) 
に分類される.どれが一番患者さんにとって不幸かというと.悪性→良性という意見と良性→悪性という意見があり,なかなか意見の統一を見ないが,どっちもそれはそれで大変ではある.間違えることも不幸だし,そもそも病気になる事自体が不幸であると言ってしまえばどうしようもない.

# なぜ悪性を良性と診断してしまうのか

一つ大きな要因は見逃しがある.もっというと,量的に少なく検索に引っかからなかった場合.例えば胃生検でわずかに signet ring cell が含まれていた場合など.これは検査の限界ともいえるもので,数多くしていると必然的にそのような症例が出てしまうのは仕方ない(どどたん先生はこういうのは病理診断の感度・特異度の問題と捉えており,誤診とは別の枠で議論すべきだと思っているが,現実的には誤診の枠で語られている).

もう一つは臨床的に悪性を疑っておらず,その臨床診断に引っ張られて,診断してしまった場合.悩ましい時に,臨床的に良性と言っているから良性でいいかという判断をする病理医がたまにいる.まぁ態度としてはあまり褒められたものではないが,このような診断はあまり問題となることは少ない.悩ましい症例というのはどこまで行っても悩ましくて一瞬の判断がすべての流れを変えるということは経験上そんなに多くはない

最後は純粋にその疾患を知らない場合.これが一番タチが悪い.例えば良性に見える悪性腫瘍の筆頭格としては,高分化型脂肪肉腫(異型脂肪腫様腫瘍)がある.これ,多分この疾患を知らない人にとってはただの脂肪腫にしか見えないけど,病気を知っている人はどんなに脂肪腫っぽく見えても高分化型脂肪肉腫と診断している.この手の間違いはどこの病院にも必ずあって,高分化型脂肪肉腫については,「脂肪腫なのに結構再発して切除しているよね」ということが多い.救いようのない状況としては,臨床医自身もあまり理解していないことが多く,その病院の中ではよく再発してしょっちゅう切除する脂肪腫という扱いになっているかもしれない.変な言い方だが,誰も知らなければそもそも誤診なんて生じようがないのだ.

# なぜ良性を悪性と診断してしまうのか
いくつかあるがその代表格の乳腺を例に考えてみる.硬化性腺症という病変があるが,画像上は引き連れを伴うことが多く悪性のように見える.しかし,筋上皮を含む二相性が保たれる明らかな良性疾患であり,原則的に手術は不要である.それを鑑別するために針生検が行われ,病理学的に検討されることが多い.

画像上難しく見えるものは,やはり組織学的にも難しくて,結構な確率で癌と間違える.もう少し詳しく説明すると,多くの人は硬化性腺症が癌と間違えやすいということを知っているため,間違えそうになる前に免疫染色を行うなりして,診断を補助している.

とある検査センターではこの硬化性腺症と癌を過去数年で 2-3 例誤診したとして,ある時期以降悪性を疑う病変に対しては全例免疫染色を行っている.何千件もの乳腺針生検を診断しているうちの数例は誤差の範囲内ではないかと正直思っているが,それくらいインパクトがあるらしい.

ちなみにこんなに有名なら間違えるのはおかしいのではないかと思う人もいるかもしれないが,それでも間違えている.あとから見直せばあーたしかにおかしいとも言えるが,実際に間違えて問題となっているケースを(自験例を振り返ってまたは他人の例を)観察すると,典型的ではない組織像や免疫染色の結果であったとしてもえいや!という思い切りと,あと忙しさによる余裕のなさに帰せられるような気がしている.この2つは同義といっても良いかもしれない.

この間違える要因というのは実は臨床医のそれと本質的な同じような気がしている.

# 悪性間あるいは良性間での誤診について

総論的な言い方をすれば,悪性と良性のカテゴリーが大きく変わらないのであれば,大きな問題となることはそんなにない(かなり大雑把な言い方).しかしながら,近年は分子標的治療薬がかなり一般的に使用されるような状況が出てきたため,腫瘍の組織型によって適応となる薬が決まるため,今後は組織型の違いについてもシビアに問われる時代になる可能性がある.

という,考え方の他に,組織型なんてどうでもよくて,要するにその腫瘍が抱えている遺伝子の異常(転座,欠損,増幅など)が分かれば,治療につながるんでしょ?という今どきの考え方を持っている人もいたりして,それはある意味その通りと言える.この考え方が発展すれば,atypical lipomatous tumor 由来の dedifferentiated liposarcoma と low grade central osteosarcoma 由来の high grade osteosarcoma の化学療法が MDM2 遺伝子をターゲットにした分子標的治療薬になる,という面白い時代になるのだろう.

# 非腫瘍性疾患の診断について

非腫瘍性疾患の誤診というのは実は難しい問題をはらんでいて,その本質は非腫瘍性疾患の多くは病理組織学的な所見ではなく,臨床診断や血液検査などの違う診断 modality によって確立された疾患概念だということである.

つまりは,病理診断自体が十分に提供された臨床診断のもとに成立しうるものなので,(臨床診断抜きの)病理診断が誤診だという批判自体が nonsense に当たる可能性が高いということになる.

例えば,SLE の皮膚所見などは,特徴的なものはあるが,どちらかというと非特異的であり,臨床診断が実は皮膚筋炎でしたと言われると,あーたしかにそうかもねということになる.それくらい非特異的.だから非腫瘍性疾患の病理診断を専門とする先生の多くは,臨床情報(臨床経過や画像所見)をとても重視している

しかし逆もまた真なりであり,きちんとした臨床診断がなされていれば,それに対して compatible with という形で病理学的な確定診断をすることができる.たとえそれが少ない検体であったとしても,そのピースを臨床像という大きなパズルに組み込むことができれば,そのパズルは完成して診断が成立しうるというもの.

もう一つ,どうでもいいことを言うと,非腫瘍性疾患の病理診断は実のところ,言ったもん勝ちのところがある.組織学的所見が overlap するために特異的な所見を提示するのが難しいことが多く,その分 expert (extreme) opinion がまかり通りやすい.

# まとめ

以上病理診断における誤診のパターンの概説をした.これは実際の症例をベースに話をするととても面白いのだが,さすがにこれを一般にオープンにするのは難しい.どどたん先生のところをローテートした先生や学生さんにはこの内容の各論に相当する内容を lecture している.

病理医としてのキャリアパス:中間点

# 次はいずこへ どどたんせんせはいわゆる around 40 で,この職場で留まるべきか次にどこかに行くべきかをそろそろ悩まなくてはいけない感じなっている.ある程度 public なこういうブログで書くべきかは悩ましい感じもするが,ごく普通の人の普通のキャリアパスについての具体...