2018年8月24日金曜日

逃げの病理診断 その 2

1. 細胞診専門医はとりあえず取っておいたほうが無難

細胞診専門医制度はかなり迷走している.結構古くからある専門医制度で実務的にも比較的大きな役割を果たしている割に新しい専門医制度の二階にすら入れなかった.学会員の中で臨床検査技師の割合が多く,学会もアカデミックな学会というよりも,実質的にはただの症例報告会に成り下がっている.

しかも,学会のメインを婦人科医が握っていて,実際の業務は臨床検査技師がやっている.歴史的な経緯(もともと細胞診は病理診断ではないという意見があり,病理医は細胞診に対して積極的ではなかった)もあるにせよ,色んな意味で中途半端な学会になってしまった.

しかし,今は病理医で細胞診専門医を持っていない人はかなり少なくて,それなりの立場になったときに,細胞診のスクリーナーのパートナーになれなくなってしまう.大学などの大きな病院や研究で一生を過ごすのならまだしも,市中病院に行く可能性があるのなら比較的早い段階で取るに越したことはない.

2. 自分の診断する標本の切り出しはしっかりやる

いつも不思議でならないのだが,顕微鏡観察での所見の見落としは結構シビアに言われるのに,肉眼所見,特に切り出しでの所見の見落としや整合性のなさはあまり細かく言われないことが多い.

その証拠に,組織診断で顕微鏡観察は病理医がやっているところが大半だけど(名目上はすべてそうなっているはず),切り出しは臨床検査技師にさせているところも少なからずある.別に臨床検査技師の切り出しがイマイチと言っているわけではなくて,潜在的にそういう認識があるという具体例.

切り出しがどの程度重要かというのは検体の種類は癌かどうかによるが,非腫瘍性疾患は切り出しそのものが診断に直結することがしばしばあって,切り出しが不十分であればそもそも診断ができないこともある.腫瘍性疾患でもどこが原発かわかりにくい場合は,この部分を集中的に切り出すなど,ある程度組織診断における鑑別診断を念頭においた切り出しが必要.そうでなくてもきちんと切り出しをされた標本は orientation がつけやすく,診断するときに楽.

とはいえ,一から十まで気を使ってられやしないのも事実.だから自分の診断する症例は丁寧期に切り出しをし,そうでない症例は適度に力を抜くのがベスト.組織診断の所見に手を抜くと怒られやすいけど,肉眼所見は意外とそこまで怒られないので.

3. 臨床医と喧嘩しない

臨床医との良好な関係を築くことはとても重要でなるべく喧嘩をしないこと.あと簡単に人のことを馬鹿にしないこと.これはとても重要なこと.

我々病理側の人間はどうしてもコンサルトされる側に位置するので,臨床医の落ち度が目に付きやすい.あれも書いてない,これも書いてないとバカにしがちだが,多分逆の立場になると恐らく同じことをするはず.だからなるべくおおらかな広い心で接する必要がある.別に愛想を振りまかなくても良いけど,本当の意味で病理に対して理解してくれる真摯な姿勢の臨床医は必ずや味方になってくれるので丁重に対応すること.

ただ,約束を守らないのは別で,時間を守らないとか(遅れそうなら一本電話すれば済むはず),入れるべきところに入れていないなどは簡単に許さずに,淡々とルールに従って処理する.場合によってはペナルティを課す.

病理と言うのはコンサルテーションサービスの中でも若干特殊で,顧客からの信頼が多少落ちても検体はちゃんと出してもらえるし,よっぽどじゃないと首にならない.多少誤診したくらいですべてが終わるわけでもない.

逃げの病理診断

1. 皮膚生検,腎生検,あと骨腫瘍はなるべく所見診断を心がける

皮膚生検で特に非腫瘍性疾患,腎生検は病理組織ではなくて臨床所見(身体所見だったり,血液検査結果だったり)が根拠になっていることが多い.その診断過程の中で組織診断というのはあくまで付随所見であって,これを根拠に特異的な疾患名をつけると結構やけどする.

皮膚生検,腎生検で確定診断のレポートを書いている人は,臨床情報(経過や血液検査所見,画像所見など)を読み込んでいるか,臨床医ときちんとディスカッションしている場合に限る.逆に言うとそこまでするつもりがなければ,おとなしく所見診断にしておいたほうが無難.どうせ臨床医も標本見てるし.もちろん非腫瘍性疾患だから間違えても方向性はそんなに変わらないのでまぁまずくはないけど.

骨腫瘍は事情が少し難しくて,benign から intermediate malignancy までの病変を診断しようとすると画像所見も含めた臨床情報が必要不可欠.申込書に書いてある年齢,性別,病変の部位が診断しようとしている組織型の典型像と少しでも違うようなら,確定診断を書かずに臨床医あるいは専門家に丸投げしてしまうのがおすすめ.専門家でもたまに間違えてあちゃーみたいなことをしている状況を考えると,組織所見だけで戦うのはとても危険.

タイトルには書いていないけど,リンパ腫の場合は,微妙に微妙.リンパ腫の診断で良悪性が大きく変わることはないけど,悪性のなかで亜分類が難しいときもある.Flowcytometry と合わせての評価になる.たまに分類によって治療方法が変わったりすることもあるから,B or T だけ示してあとは所見的な診断もありか.それにしても WHO 分類は細かすぎてちょっと実務からかけ離れ始めている印象.

2. 学会発表の写真撮影依頼はほどほどで対応しておく

臨床医の行う学会発表は我々病理医からすると,かなりひどい,言い方を変えれば無茶苦茶な発表が多い.これは別に臨床医が悪いわけではなくて,病理診断の報告と比較すると,臨床診断や治療というのは不確定要素があまりに強くて,いわゆるきれいな病歴というのはそうそうない.その中でなにか neues を見つけて発表しようとするのだから,必然的にやるべき検査が抜けていたり,適応外の変な治療をしていたりする.

まぁそういう前置きはおいて,臨床医の発表に病理診断が必要と言われることがあり,写真の撮影を依頼されることがある.こういう場合,一番良いのは写真だけを渡す方法.たまに CT や MRI を貰いに来る感覚で,とりあえず画像ください!という先生がいるが,これは一番楽である.渡すだけで終了になるので.

ちゃんと説明しないとわからないでしょ?と文句を言う人がいるかもしれないが,たかだか 10-15 分話しをして彼らが理解できるか.いままでの経験では 20 分くらい熱心に教えても肉芽腫と肉芽組織の違いをきちんと理解できる人はいなかった.教え方が悪いと言われればそれまでだが.

要するに効率が悪いし,結局彼らは理解できていないしで臨床医に組織学的所見を丁寧に教えることにあまり意味はない.なので,教えるにしても,細かい用語は抜きにしてここが癌です,ここが炎症です程度にしておいたほうが無難.

別に適当にあしらえではない.クオリティを上げても無駄だ,ということ.愛想よくはいはい!いいですよといって写真を渡しておけば臨床医からの評価も上がるだろう.詳細な組織学的所見の需要というのはそんなにない.

3. 組織学的所見についてディスカッションする際に異型の有無については時間の無駄

腫瘍の病理診断の場合に異型の有無について議論の的になることはしばしばある.どどたん先生の長年の経験によると,異型の有無のディスカッションは大抵意味がない.ただの意見の押しつけでしかない.今風にいうと観察者間の一致率であるκ係数が低いということになる.

はっきりいうと,異型の定義自体があいまいで,核の大小不同とか明瞭な核小体とか極めて主観的.そんな主観的な評価の積み重ねで腫瘍の診断をしているわけで,意見の相違が生じることは十分有り得る.しかも,異型のあるなしについてはある種の先入観もあり(手の cartilaginous tumor では異型は積極的に評価しない,など)clear cut に割り切れない.

異型の評価をするなと言っているのではない.Controversial な場合に細かく議論をしても無駄だということ.10 人中 10 人が異型ありと判定しているものについて,自分が異型なしと判断したのなら確かにずれているという点で問題があるけど,そうでなければ,つまり異型なしと判断してくれる人が他に誰かいたらそこまで気にする必要はないということ.はいはい,ととりあえず従っておいて責任をとってもらえば良い.

病理医としてのキャリアパス:中間点

# 次はいずこへ どどたんせんせはいわゆる around 40 で,この職場で留まるべきか次にどこかに行くべきかをそろそろ悩まなくてはいけない感じなっている.ある程度 public なこういうブログで書くべきかは悩ましい感じもするが,ごく普通の人の普通のキャリアパスについての具体...