2022年12月11日日曜日

病理専門医試験の総括(病理解剖編)

# 今年の病理解剖の試験は違った

例年の病理解剖試験はリード文(臨床経過)を読めば,主病変の診断がわかるような問題設計がなされていたが,今年は過去十年程度ではおそらく初めて?リード文だけでは主病変が判明しない問題であった.例年からは主病変はリード文でほぼ決まってくる症例ばかりであった.

その一点において,過去とは異なるため少し難易度が高く感じることがあったかもしれない.詳細は実際の標本が閲覧できる状態(剖検講習会)まで待つ必要がある.


# しかし主病変は過去に出題された IVL であった

血管内 B 細胞性リンパ腫 IVL 自体は過去にも出題されている(2002 年).その点においては過去問を丁寧に潰しておけば,IVL の概念自体を知らなかったということにはならないと思われるが,20 年前の問題まで丁寧にレビューすべきかという疑問は残る.

残念ながら yes と言わざるを得ない.これは病理解剖問題に限らず,I+II 型問題でも過去の問題が再度出題されることはある.ただし,疾患概念自体が変化し出題にそぐわない問題も含まれており,ある程度の取捨選択は必要である(病理専門医試験を受験しようとしている人にとってはその程度の差は十分に吸収できるであろう).


# 他の細かい話

例えば,脳梗塞の存在は肉眼所見等から類推可能であるが,膜性腎症や IVL については標本(WSI) から読み取って診断をする必要がある.WSI 自体は多くの施設や研究会等で採用されていることから見たことがない人はまずいないと思われるが,細かい操作方法は機種により異なる.現実的にはある程度の練習はしてもよい.

前立腺癌がオカルト癌として入っているのは定型的であろう.

フローチャートは例年通りで,がんから始まって最終的には呼吸不全,循環不全から死亡という定型的なストリー展開である.

GIST のようなリスク層別化されている腫瘍は副病変に入っている.高悪性度の場合は主病変に入れるべきかという疑問が残るが,おそらくその点はあまり心配しなくてもよい.定義のはっきりしないものはある程度採点時に考慮される(過去にも模範解答で副病変の肺炎が直接死因になったことがありそれも物議を醸した).

あと模範解答に免疫不全?と?を入れるのは個人的にどうかとは思う.受験生が使うのならまだしも模範解答に不確定な要素を含めるのはあまり良いとはいえない.


# 今後の傾向と対策

近年ガラスの標本から WSI に変化したことで出題の傾向が変わりうる.

WSI での出題が可能になったことで 100 枚以上同一の品質で作製する必要がなくなり,結果として,さらに希少な疾患や微小な病変の出題が可能になったため,これまでに出されなかった疾患が出題される可能性は考慮される.

最終的には各年の出題委員の意向に左右されるのだが,例年としては主病変はわかりやすいように,仮にわからなくても所見がきちんと記載できるような出題設計がなされている.

例えば,SLE や強皮症,ALS などの全身の臓器所見をきちんと暗記していなくても一つ一つの標本や肉眼所見を丁寧に拾っていけばある程度記載できるような配慮がなされている.特に近年では主病変は多くは過去に出題されている疾患がほとんどであり,過去に出題された疾患を YearNote や内科学の教科書を見ながら整理するだけでも十分過ぎるお釣りが来るはずである.

# おまけ

昔は同一症例で多彩な病変を含む解剖症例が選択されていたが,現在ではそのような症例を選ぶことが難しいらしく,複数の症例から組み合わせられているとされる.よって剖検症例の創作感が強くなり,本当にこんなに病変があっていいのだろうか?と思うかもしれないが,あくまで試験として対峙する必要がある.



2022年12月7日水曜日

病理専門医試験の総括(疾患当てクイズ編)

どどたんせんせは毎年病理専門医試験で公開された問題を集計してデータベースを作成している.そのデータベースからいくつか抽出して考察をしてみる.

# 全体的には正答率は上昇する傾向

言うまでもなく,病理専門医試験では同じ問題が繰り返し出される.そのため過去問を丁寧にレビューすることが点数を上乗せするために必要になる.

多くの疾患では過去に出題されたときよりも正答率は上昇している.正答率が 4 点を超えるようなもともと正答率が高めの疾患は多少変動する程度である.そのため,究極的にはよくある疾患は全員が応えられるために出題しにくくなるが,それでも全員解答できる事を考えると,学習の基本は過去問によるべきである.


# 過去に出題されたものの今回正答率を下げた問題

その中で正答率が明らかに下がった疾患は以下の通りである.

  • Adenomatous goiter
  • Amyloidosis
  • Asbestosis
  • Endometrial stromal sarcoma, low grade
  • Langerhans cell histiocytosis

問題の問われ方も多様化しており,疾患自体は知っていても設問に答えられなかった可能性がある.これらの疾患の共通点を指摘することは難しいが,例えば endometrial stromal sarcoma, low grade は leiomyoma/leiomyosarcoma との鑑別が難しくなることもあるし,Langerhans cell histiocytosis はある程度 working knowledge として鑑別診断に加えておかないと診断自体が難しい.教科書を参照できない状況下で診断を下すためにはある程度の経験を要する.


# 今回新規に出題された問題

分類の仕方によってだいぶ異なるが,2001-2021 までの過去の出題例から見て新規出題と思われる疾患を抽出してみた(亜型等での新規出題は除く).

  • # Mucous cyst
  • # Spirochete
  • # IgG4-related sclerosing cholangitis
  • # IgA nephropathy
  • # Granulomatous orchitis
  • # Adenomyosis
  • Serous tubal intraepithelial carcinoma
  • # Extramedullary hematopoiesis
  • Osteochondroma
  • # Toxoplasma infection
  • # Eosinophilic esophagitis
  • Metastatic clear cell carcinoma
  • # Lactating mammary gland
  • # Gynecomastia
  • T-lymphoblastic lymphoma
  • # Atrophic vaginitis

T-lymphoblastic lymphoma は ALL としては過去に出題されている.今まで(過去 20 年間に) IgA 腎症が出題されていなかったこと自体もびっくりだが,見てわかるように新規に出題される疾患の多くは非腫瘍性・良性疾患である.しかも日常診療で遭遇しうる絶妙なラインを問うている.特に今年はこの傾向が目立っている.

これは単に試験勉強ができているだけではなく,日常診断をきちんと行っているか,そして正常構造をきちんと把握しているかどうかという基本的な実力を問うている.あとは,腫瘍は遺伝子異常で診断される頻度が増えたため,古典的な HE 染色で診断というパターンが減っていることも考慮される.

特に細胞診の atrophic vaginitis は陰性症例として流され普段病理医の診断の場に登ってこない施設もあるかもしれない.病理専門医である以上は陰性症例であってもきちんと把握してその責任を果たしてほしい,というメッセージなのかもしれない.

# 今後の対策

今回の分析では過去問を完璧にすることで 82% の問題は正答を得られる可能性があることが分かり,疾患当クイズ (I+II 型) については現行の過去問やクイックレファレンスなどの勉強方法で十分である.

高得点を望む人や余裕のある人は「病理と臨床 2017年臨時増刊号 病理診断に直結した組織学」などの正常組織の復習するとさらに点数が上乗せされるであろう.

本記事ではあまり言及をしなかったが,I 型の○✕問題ではがんゲノム医療関連の出題も増えている.○✕問題は配点が少なくコストパフォーマンスが極端に悪いのだが,分子病理専門医を見据える意味でも勉強して損はないので,腰を据えてじっくり学習するのも良いと思われる.

法律関係や保険診療関係は学習をしようとしても幅が広くなるかつルールが変更されるので,深入りはおすすめしない.

病理医としてのキャリアパス:中間点

# 次はいずこへ どどたんせんせはいわゆる around 40 で,この職場で留まるべきか次にどこかに行くべきかをそろそろ悩まなくてはいけない感じなっている.ある程度 public なこういうブログで書くべきかは悩ましい感じもするが,ごく普通の人の普通のキャリアパスについての具体...