2021年9月26日日曜日

病理診断における戦略的なもの その 2

 # わからないから始めるときは頻度の高いものから順に

これは自分が決めている,いわゆるマイルール的なもので,全くわからない場合は頻度の高いもの(及びそのバリエーション)から順に検討することにしている.一応病理専門医であり「全くわかりませんでした,手の出しようがありません」が許されるのはレジデントや学生までである.結果的にわからなくても常にその場でできる最善を尽くして少しでも前に進み,華々しく散る.散り方もプロでなくてはならない.

胃癌,膵癌は病理組織学的には確定は難しく,すると確定が可能で年齢的にも起こっても良さそうな肺癌,膀胱癌,婦人科癌あたりを攻めることになる.もちろん,Alcian blue や PAS 染色などで粘液を検出する努力は怠らない.すると大体 10 種類くらいの免疫染色はせざるを得ない.

もしこれでだめなら,cytokeratin を出しながら,本当に癌でよいかの再検討と epithelioid な形態を示す軟部腫瘍,組織球系腫瘍について検討を行う.リンパ腫ではないことを最終的に否定した上で poorly differentiated carcinoma や undifferentiated sarcoma などで締めくくるが,その前に多くの症例が引っかかってくる.

ちなみにこの症例についてカルテは見ようとは余り思わなかった.もちろん普段は診断のヒントを求めてカルテや画像をよく見るのだが,原発不明癌の場合は臨床医も結構よく見ているので我々病理医が探して新しい情報が得られることは少ない,という経験による.

# ストーリーを思い描けること,わからない時でも動けること

わからない時でも動くというのは BLS, ACLS のトレーニングに近い.わからない時にやるべきことはパターンごとには同じようなことが多くて,でもパターンがそこそこ多いのであまり言語化して一般的に語られることは少ない.

病気を覚え,理解するので精一杯なレジデントに対して多くを要求するのは酷であるが,ある程度学習の一段落がついたら,ストーリーを意識しながら免疫染色を出してみると良い.もしこの染色が陽性だったら,もし陰性であったら..多くは陽性であることを期待して出すだろうが,陰性のときの次の一手を考えるか,上司に聞いてみると勉強になる.明らかに高分化型脂肪肉腫と思っていた症例でもし MDM2 が陰性であったときには何をするのか?その問答の中に教科書には書かれにくい,あるいは行間に存在する診断のポイントが見えてくるはずである.

その中で陽性でも陰性でも次の行動が変わらないようであればそれが本当に必要か再度考えてみると良い.

# 戦略的なもの

自分が見ている限りでは多くの病理医は今言った戦略的なものに沿って診断を行っている.プロとして業務で行う以上はなんとなく,ではいけない.恐らくだが,診断のできる病理医というのは多少の差はあれ,大体このような視点を持ち合わせていることが多い.

病理診断における戦略的なもの その 1

 # 免疫染色の出しすぎ?

つい先日,ある症例について若い先生から質問を受けた.

ここからは症例についてはフェイクが入っている.

(臨床的にも疑われている)乳癌のリンパ節転移を疑って免疫染色を行ったけど,結果が芳しくなかったのでどうしたらよいかという内容.とりあえず組織をササッと見て,あれとこれとそれと免疫染色を 10 種類近く指示をしたら怪訝な顔をされた.「そんなに免疫染色を出す必要あるんですか?」と言わんばかりに.

# 免疫染色をよく出す

これは恐らく技師の中でも比較的言われがちであるが,でも個人的に「免疫染色を出しすぎ」と文句を言われたことは今の職場になってからは少なくともない.それはオーダーする免疫染色それぞれに対してその必要性について臨床検査技師としばしば discussion をしており,なぜ必要なのかを理解してもらった上で出しているからである.あとは(技師が理解しているかどうかまではわからないが)大体において,最終診断までたどり着いていたという実績があるからだと思っている.

確かに少ない免疫染色で診断を行うのはスマートかもしれないが,一番の目的は診断を出すことである.目的と過程が混同すると最終的な目的地がなんのかわからなくなってしまう.少ない枚数の免疫染色でコスパは良いが結局診断がつかなかった,では意味がない.

その場,その場でいちばん大事な目的が何であるかを忘れてはいけない.

# 状況を見極め,戦略的に立ち向かう

病理診断は実地臨床の中で比較的「静 static」な動きをしている.一分一秒を争うようなことはないし,迅速診断だって 10-20 分程度のオーダーで動いている.時間的な制約が緩い分,リソースが無限大にあるような錯覚を覚えてしまう(仕事の組み方も).しかし,そうではない.

免疫染色を行うと 1-2 日程度は消費してしまうし,休日は病理部自体が inactive でありその分は何もしなくても過ぎ去る.しかも免疫染色用の標本を切り出すたびに元のブロックはどんどん消費されてしまう.ちょこちょこ出すよりも一気に出すか未染標本の切り余りを作っておくほうがよい.現在ではがんゲノムや他のパネル検査のために病変量をある程度確保する必要があり,下手に粘るよりも途中でリリースしてパネル検査に委ねるほうが診断よりも先にある治療という点において,正解に近いこともある.

多くの状況では臨床医は病理診断の結果を待つことができる.術直後すぐに化学療法は始められないので,手術検体が 1-2 週間程度時間がかかることは問題ないことが多い.その一方で生検は時間的制約及び検体の制約(多くの場合は小さい)があり,置かれた状況について的確に把握して次の一手を進めないとゲームオーバー(診断できません)となりかねない.

# 検査前確率,検査後確率

病理診断自体は比較的主観が入りやすいため,診断自体を数式の計算で決めることは少ない.スコアリングもあるが,それは多くの場合は診断が決定している前提での grading が多く,現状では主診断自体(例えば腺癌か扁平上皮癌か)をスコアリングによる多数決で決めてはいない

しかし,概念的には検査前確率,検査後確率の考え方が重要で,病理診断,特にこの文脈で考えると,免疫染色を行うことで検査後確率がどのように変わるかに着目する必要がある.

# 一回目の免疫染色で失敗しているということ

条件付き確率の考え方に近いと思っているが,一回目の免疫染色で失敗しているという事実は,(想定していた特定の疾患,例えば乳癌の)検査後確率を大きく引き下げていることになる.

すると,臨床的には乳癌の転移を考えていたのだが,免疫染色で乳癌の可能性が否定されると,検査前確率が(あまり想定されていなかった)肺癌,胃癌,膵癌,膀胱癌,卵巣癌,子宮癌 etc とほぼ同等になってしまう.

免疫染色を行ったばかりに振り出しよりもさらに後ろに戻ってしまう(もちろん乳癌が否定されたということは重要なことではあるのだが).



2021年9月16日木曜日

正しい病理診断とは

途中からテーマが少し移動して締めくくる文章になっている.

# 診断基準がすべて

病理診断において(もちろん一般臨床もそうだけれども)昔と異なり現在では腫瘍を中心に診断基準が整備されており,原則的にその基準に沿って診断をしている.臨床だとガイドラインという名のもとに何冊もの本が出版されている.その結果,昔でいうと診断者間にブレがあったり,大御所がこう言ったらこう,という病理診断にも標準化がもたらされ,標準的な診療なるもの寄与している.

(標準的という言葉は,普通で取るに足らないものという誤解を生みがちだが,現代医学の叡智を結集した最高水準というニュアンスに置き換えても遜色ない.種々の事情で標準的にならない医療も世の中にはあちこちに存在している)

特に病変に特徴的な遺伝子異常の同定は破壊力があり,例えば,いくら横紋筋肉腫に見え筋系マーカーが陽性になっていたとしても,MDM2 遺伝子の増幅が見られれば,多くの専門家は脱分化脂肪肉腫の脱分化成分を見ているのだろうと考える.遺伝子異常が見つかる前はほぼ全員が横紋筋肉腫と答えていたであろうに.

こういう話をすると,なんだ,病理医って基準に沿って白黒つけるだけの仕事なのね,という誤解を招きそうだが,違う.まぁその程度の理解しか出来ない医学生や研修医を誘っても教育に苦労しそうなのが目に見えているので,「そうですね,お先真っ暗だよ」といってかわすこともしばしばある.

# 診断基準があるようでないもの

診断基準が整備されればされるほど,診断基準がないものをどう診断するかという問題に焦点が当たりやすくなる.そして一見診断基準がありそうだけれども,その根本のところの基準が極めて主観的になっているものも少なくない.

例えば腺癌と診断をすれば,分化度や亜型に分類する.しかし,腺腫と腺癌を区別する基準は細胞の異型,平たく言えば顔つきの悪さによることになるが,どの程度だと腺腫でどの程度だと腺癌かということを言語化することは難しい.

もちろんある程度の水準に達した病理医間での一致率(いわゆる κ 係数)は非常に高いのだが,正直自分は腺腫と腺癌をどこで区分するのか明確には出来ていない.特に adenoma-carcinoma sequence が確立されている大腸癌などでは強く感じる.

このような,言葉にできない何かがあるからこそ,病理診断のトレーニングは実践をしながら上級医から所見の評価方法について feedback を受けてその道に沿うように少しずつ修正をするのがよい,ということになっている.

言語の習得に似ているところがある気がしていて,本で勉強すべきことと実践すべきことがある.

# 闇多き病理解剖

一般的な組織診断と細胞診断は診断基準がだいぶ確立されてきた一方で病理解剖については21 世紀のこのご時世でも診断基準ができそうな気配すらしない.仕方のないことではあるが由々しき事態である.

これまで何度も言ってきたように,病理解剖の報告書は必ず結論が決まっている.それは

患者は死亡している

ということである.これだけは絶対にぶれないし,そういう意味では間違った結論に誘導されることはありえないので一見するとあまり難しくない.しかしこの結論へ至った経路に関する説明を求められるのが特徴的で,結論を求められる組織診断や細胞診断とは対照的である.この経路を求められる,という点が決定的な違いで研修医の先生たちが苦しんでいる点と思われる.

しかし,例えばだが,誰かが大阪から東京へ行くとして,東京にたどり着いた本人の見た目と途中の経過スポットで撮影された写真や目撃者の証言から,経路を割り出せというようなもので,常識的に考えると無理である.そういうはなから無理なことを要求されているため,研修医のみならず我々も苦労しているのである.

途中の名古屋あたりで撮影された写真では新幹線のホームが写っていたとすると「新幹線で来たのか」と思うだろうが,もしかしたら自転車で行って名古屋駅で入場券を買ってホームで記念撮影,かもしれない.そんなことされたら絶対にわかるはずもない.

# 文脈に沿った診断・解釈

上記事情から剖検例の病理解剖学的診断は臨床的な文脈を強く意識している.名古屋駅の前後で新幹線の画像があれば名古屋駅は途中下車したのだろうと推測をするし,前後が自転車の写真であれば名古屋駅は入場券を買って入ったのだろうと推測をする.見えている事実は「名古屋駅にいた」だけなのだが,その解釈は文脈に強く依存する.

とはいえ,どんな解釈もありというわけではなく,例えば飛行機に乗っていて途中で名古屋で降りることは(よっぽど特殊な事情がない限りは)合理的ではないので多分違うだろうといった判断をしている.

しかしだ.死亡している以上検証のしようがないということは様々な想像を生み出すことがある.

この人は名古屋のコンサートがあってそこに行きたくて急いでいたはずだ.ちょうど関西国際空港にいてしかもコンサート会場が中部国際空港の近くだったから飛行機で行って,その後新幹線で東京駅に向かったはずだ.

といった妄想に近い文脈の構成も可能であり,そして一番の問題は

誰もその文脈の仮説を否定できない

私はこう思う,ということ自体は自由であり,何人たりともそれを否定することは出来ない.すると優先順位は立場の順になり,平たく言えば部長が A と言ったら A ということになる.

# 総合的判断という究極の主観的診断

結局のところ,総合的判断は究極的に主観的診断ということになる.もちろん主観が悪いわけではない.その人の経験に裏打ちされた主観はしばしば真実に近い.しかし,その主観を否定することは困難でかつ検証が不可能である.

剖検例を中心に話を展開したが,実際のところ組織診断や細胞診断でも診断基準があるにも関わらず,主観による部分が少なからずある.結局主観的な評価からは逃れらない運命にあり,これを一言でまとめると

部長の言うことは常に正しい,あるいは偉い人の言うことが常に正しい

という結論になる.言い換えると正しい病理診断をしたければ偉くなれということになるし,裏を返すと偉くない人の病理診断は必ずしも正しいとは限らない.

2021年9月6日月曜日

今年 (2021) の病理専門医試験 III 型問題の予想

まずは予想の前に過去を振り返ってみましょう.

2020; 筋萎縮性側索硬化症(非腫瘍)
2019; 肺癌(重複癌)→ PTTM(腫瘍)
2018; SLE(非腫瘍)
2017; 脳アミロイド血管症(非腫瘍)
2016; 肺小細胞癌→血球貪食症候群,SIADH(腫瘍)
2015; コレステリン塞栓症(非腫瘍)
2014; 陳旧性心筋梗塞→弁置換→感染性心内膜炎(非腫瘍)
2013; SLE(非腫瘍)
2012; 悪性リンパ腫,DAD(腫瘍)
2011; 前立腺癌,(加療後の)敗血症(腫瘍)
2010; 肺癌,Trousseau 症候群,心筋梗塞(腫瘍)
2009; 急性心筋梗塞(非腫瘍)
2008; 薬剤性肝障害+ショック肝+CMV 腸炎(非腫瘍)
2007; SLE(非腫瘍)
2006; 全身性硬化症(非腫瘍)
2005; 心筋梗塞+敗血症(腫瘍)
2004; 同時三重がん(ATL+肺癌+前立腺癌)(腫瘍)
2003; 肺癌(腫瘍)
2002; Intravascular lymphoma(腫瘍)
2001; ATL(腫瘍)
2000; 関節リウマチ+アミロイドーシス(非腫瘍)

これを見てわかるのは,過去 21 年間で非腫瘍が 12 例,腫瘍が 8 例出題されています.腫瘍はかなり偏っていて,ほぼリンパ腫か肺癌です.非腫瘍性病変は多彩ですが,概ね血管性病変と膠原病に集約されます.特に SLE は定期的に出題されており,ぜひとも注目すべき疾患だったかと思われます.

剖検問題では疾患の多彩さが求められます.最近では複数の症例から併せて一つの出題がなされているのですが,多彩な症例が出ても良さそうな基調的な主病変が必要です.免疫抑制状態でもなんでもないのに CMV 感染が出てくるのは変ですよね?

そしてもう一つ重要なことは症例が手に入ることと医療ミスなどを匂わせないこと.例えば潰瘍性大腸炎からの toxic megacolon になりコントロールがつかず敗血症性ショックでなくなった症例があったとしましょう.現在では潰瘍性大腸炎が原因でなくなる方は稀です.もちろん toxic megacolon も放置をすれば亡くなるのでしょうが,剖検問題では clean で全力を尽くす世界が要求されます.治療を放置して死亡したというのは CPC になりえないのです.

つまり,積極的に治療をしたけど,甲斐なく亡くなったという症例が選ばれているので,癌の terminal で半年持った,みたいな話は出てきません.すると感染症や血管障害というのは(それが主病変であれ,副病変であれ)必ず出てくることになります.言い方は悪いですがそうしないと問題のリード文に収まりません.

さて,この中で今年の症例を予想すると,
  • ANCA 関連血管炎:血管性病変の中では過去 21 年間に出題されていない.
  • アミロイドーシス:21 年前に 1 度出題されている.多発性骨髄腫からのアミロイドーシスあたりは問題としても作りやすいが,これはまだ未出題
  • 心筋梗塞:ベタであるが,責任血管と梗塞巣との対比も含めて出題をしやすい.合併症が多く症例に多彩感を出しやすい.
この 3 題を予想します.

あたったらぜひジュースおごってください.

病理医としてのキャリアパス:中間点

# 次はいずこへ どどたんせんせはいわゆる around 40 で,この職場で留まるべきか次にどこかに行くべきかをそろそろ悩まなくてはいけない感じなっている.ある程度 public なこういうブログで書くべきかは悩ましい感じもするが,ごく普通の人の普通のキャリアパスについての具体...