2018年9月30日日曜日

病理診断報告書の書き方

1. 臨床医は病理診断報告書に何を望むか
もともとなんちゃって内科をしていたどどたん先生が考えるに,多くの臨床医は「癌か癌ではないか」という極めてシンプルな報告書を望んでいるような気がする.もちろんこのことは仲良く話をしている臨床医の先生もだいたい同じようなことを言っている.

臨床医からすると病理診断報告書が数ページに渡ると,読む気が失せるそう(まぁそれはわからんでもないというか,よく分かる).

臨床的な視点にたつと,診断・治療を行う上で病理診断で必要なのは「組織型±治療効果判定と TNM (Stage) 分類と,切除断端の評価」くらい.それくらいは診療方針に対して影響は低い.胃癌が 2 型だろうが,3 型だろうが治療方針には影響しないので別になんだっていい,という考え方はあながち間違っていない.

非腫瘍性疾患が主体をなす,皮膚科や腎臓内科は臨床医が自分自身で読んでいて治療に反映させているので,病理診断報告書自体は極端に変なことを書かれなければそれで構わない(臨床医のする診断と病理診断に解離がありすぎると,あとでトラブルが起こったときに突っ込まれる要因になりうる).

2. 病理医は病理診断報告書に何を望むか
この視点は意外と語られることが少ないように思う.基本的には病理診断報告書というのは「臨床医 oriented」であるべきだが,実際には「病理医 oriented」になっている.理由は比較的簡単で,臨床医から病理診断報告書の書き方そのものに対するフィードバックはほとんどないにもかかわらず,病理医どうしでは double check システムがあるため,診断報告書に対して修正や feedback を行うときに,どうしても病理医側の視点が反映されやすい.

では「病理医 oriented」の報告書というのはどういうものか.それは肉眼所見から組織学的所見まで一連の流れになっているもの(もっと具体的に言うと,切り出し→組織所見をレビューするときの作業手順を順に追ったような流れ).これは reviewer がその症例を読んでいるときにスムーズに追体験できることが理想的.それでいて,論理構成が医学的(あくまで,現代の医学水準に沿った)であること.

肉眼所見はまずはどのような検体が提出されているか,大きさの記載から始まり,外表面,割面の所見まで行く.組織学的に腫瘍であれば細胞異型,構造異型及び産生する基質,組織構築から組織型の決定.脈管侵襲,神経侵襲,局所の浸潤傾向(INFa/b/c)を記載する.そこから腫瘍の進展を記載して切除断端へ露出の有無を記載.最後に背景病変についてコメントをしてレポートを締めくくる.

どどたん先生は最初にこのレポートの作成の流れを教えてもらって,確かに論理的でわかりやすいと納得した.ケースバイケースで若干順番を前後することはあるけれども,この基本の書き方を野球の素振りのようにずっと続けているし,レジデントの先生にもそう教えている.

3. 「流派」なるもの
世の中には流派というのものがある.これは当然の如く病理の世界にも存在する.ドイツ語でレポートを書いたり,英語でレポートを書いていたりした昔話もあるけれども,そこらへんはとりあえず置いておいて現在では見聞きする限りは大きく2つの流派があるように見える.

関東では東大閥と慶應閥.強いて言うならそれ以外.大体は東大閥で習った人たち,慶應閥で習った人たち,それらから派生した人たちということ.当然のことだが,診断の書き方の問題であって,診断能力の優劣をつけるものではないことに注意.ちょっと変わった variant として,なるべく所見は短いほうがよいという方針で習った人からすると,所見=規約の記号という書き方をする人もいる.

どどたん先生はどちらの流派の先生も知っているが,どっちの書き方も一長一短で,まぁ好みでいいのかな?という気もしなくもない.

4. 本来は書き方を統一する必要性があるが...
病理診断は未だに標準化というキーワードからほど遠い.もちろん診断基準自体は標準化されているが,レポートをどのように書くかということに対してはガイドラインが一切ないので,何を書いても自由.管理加算においても特に指定はされていないので,臨床医が極端に困らない限り何をしても良いことになる.

このことは我々にとってプラスでありマイナスである.統計を取ろうとしたときに calcifying epithelioma なのか, pilomatricoma なのか pilomatrixoma なのか,診断名のブレを収束させる必要が有るため,コード入力なんかで統一したほうが良いと思っている.

ところが,だ.そういうことを言おうものなら「診断なんてそんな言い切れるものじゃないから descriptive な記載のほうが良い!」と文句を言う人がからなずいるから,多分もうしばらくは何も動かなくなさそう.

5. 診断の書き方もひとそれぞれ
その前に,診断,所見の区別をしておこう.病理診断レポートの中で,上に英語で書いているもの "Regenerative gastric mucosa, Group 1, gastric biopsy" というのが診断文面で,その下に「胃生検検体1個 mm(+). 幽門腺領域.腺窩上皮は腫大し,,,」などと日本語が書いているところを所見という.

診断は英語で書くことが原則となっている.理由は日本語だと表現のブレが起きやすいからと言う理由だそう?だが,英語でも日本語でもブレるときはブレると思う.現実的なことを言うと,このような習慣にしておくと,病名を英語で覚えることができるので個人的には気に入っている.

慶應閥だと

"Stomach, biopsy:
 - Regenerative gastric mucosa, Group 1
 - Adenocarcinoma, Group 5"

のように,材料・採取方法を先に書くし,

東大閥であれば
"Regenerative gastric mucosa, Group 1, stomach, biopsy"
"Adenocarcinoma, Group 5, stomach, biopsy"

といった書き方になる.もちろん細かい書き方はひとそれぞれ.本流から近かったり遠かったりで,バリエーションは様々である.

6. 切除方法と検体をどのように書くか
しょうもない話といえばしょうもないのだけれども,検体と切除方法をどのように書くかというのもちょっとした問題がある.

例えば,幽門側胃切除は distal gastrectomy となるが,これは切除検体名と切除方法をまとめて書く方法.total gastrectomy とか colectomy, hysterectomy とかは比較的馴染みのある表現だが,精巣切除法である orchiectomy なんかは馴染みがぐっと薄くなるし,そもそも brain の excision や軟部腫瘍の excision をどう書くか,どどたん先生もよくわからない.

というように,網羅性が乏しい.しかも表現がブレやすく,統計上も把握しにくい.というわけで,病院や流派によっては機械的に検体名と採取方法を分けているところもある.stomach, partial resection, uterus and bilateral adnexas, resection など.もちろんこれも問題がないわけではなく,stomach, partial resection だと proximal gastrectomy なのか distal gastrectomy なのかわかりにくいし,uterus and bilateral adnexas, resection というのも hysterectomy and bilateral adnexectomy というふうにスッキリかけるはずなのに,と思っている人は少なくない.

7. 所見の書き方もひとそれぞれ
改行する人しない人,英語を多用する人しない人.まさに十人十色の状態.何が良いレポートなのかという基準もなく,あくまで同業者の目から見てという視点でしかものを語れない.

その臓器の専門家たちの中でも書き方が異なることもある.

そういう意味でもある種の型を提示してその型に対して批判的な検討をしながら理想的な所見のあり方を考えるのも良いかもしれない.

2018年9月25日火曜日

Interface dermatitis - Vacuolar dermatitis

1. Vacuolar dermatitis の診断は結構微妙で,lichenoid dermatitis との区別は必ずしも確定的ではない

Vacuolar dermatitis が何であって,何でないかというのは意外と難しく,結果的には lichenoid dermatitis から炎症細胞を引き算した程度の概念になる(基底層の空胞状変性というのは lichenoid dermatitis でも見られるから).空胞状変性が強くて,接合部が不明瞭になるのがその典型とされる.

そのためそもそも分類として曖昧.だから教科書の方針や病変の時相によってはある疾患は lichenoid だったり vacuolar と分類されたりする(要するに深く考えすぎるな,ということ).また最近の考え方ではこれらの病変は一連のものだという認識が一般的で,だからこそ interface dermatitis という言葉が登場しているのだが,思考の整理として二つに分類されるのが一般的

ちなみにテキストによっては vacuolar dermatitis を一つの亜型とせずに,interface dermatitis with superficial / superificial and deep perivascular dermatitis としているものもある(考え方としては lichenoid change がない interface dermatitis ではどこから炎症がやってくるかというと,結局血流に乗ってこないとやってこれないわけで,perivascular dermatitis は起こりうる).

だから分類自体で細かくあーだこうだいうのは建設的ではない.

2. Vacular pattern を呈する疾患の特徴

多形紅斑 erythema multiforme:なぜか? vacuolar dermatitis のプロトタイプされることが多い.比較的急な発症なので角層は正常であることが多い.vacular dermatitis に分類されるのは炎症細胞がやってくるよりも早く,表皮細胞の壊死が来るからか.ひどくなると,いわゆる Stevens-Johnson syndrome や toxic epidermal necrolysis になる.
慢性円板状エリテマトーデス discoid lupus erythematosus:個人的にはむしろこっちが vacular dermatitis のプロトタイプとした方が良いと思っている.接合部の空胞状変性は特徴的だが,注意してみないとたぶん見逃す.軽度の毛包周囲炎や真皮内のムチン沈着,毛包内の角栓辺りが抑えられればほぼ確定だが,あくまで臨床診断が重要であることを忘れない
皮膚筋炎 dermatomyositis:慢性円板状エリテマトーデスから毛包周囲炎を引き算した様な所見.SLE とは鑑別できない.
薬疹 drug eruption:で見られることもある.好酸球浸潤を伴うこともある.というかそもそも薬疹は多彩すぎて一言ではまとめられないし,いかなるシチュエーションでもありうるので,程度覚悟した方がいい.

3. 結局何がいいたいかというと,,,

結局のところ,interface dermatitis と診断したら,炎症細胞の多寡で大まかに lichenoid なのか vacuolar なのかを分類して,プロトタイプの組織像と同じところ・違うところを意識して所見を記載していいく.そしてそこから+αの所見を探していく.

もしその特徴的な+αの所見が見つからなければ,interface dermatitis, see description で終わらせれば良いし,もし見つかれば(+臨床的な文脈がしっかりしていれば) interface dermatitis, compatible with discoid lupus erythematosus のように書けばよい.

臨床診断で良悪性がひっくりくりかえることは稀だが,日光角化症なんかは違う目で見ていると interface dermatitis に見えてしまうので,その意味でも最後に no malignancy (あるいは悪性所見を認めない.)といった一言を書いて確認する癖をつけることは悪いことではない.

Interface dermatitis - Lichenoid dermatitis

1. Interface dermatitis は幅広い

日本語で言うと接合部皮膚炎.伝統的に?interface dermatitis は vacuolar dermatitis と lichenoid dermatitis に分類されるが,いずれも表皮真皮接合部をターゲットにした変化で,結構似通っていて,どちらかにはっきりと振りにくいことも多い.

しかも interface dermatitis ではない,psoriasiform dermatitis でも interface の変化が見られることもあるので,それを言い出すとどこからスタートして良いかわからなくなる(このことについては多くの本がさらっとこの病変は interface dermatitis だよねと書いてあるが,今見ている病変が interface dermatitis なのか psoriasiform dermatitis なのかわからないことは実は少なくない).

そこでここでは interface の変化が強くて,他の変化があってもよいがそんなに目立たないもの(具体的に言うと psoriasiform な変化や,bullous な変化,deep perivascular dermatitis, pure な vasculitis が目立たないもの)を中心に説明していく.なお perivascular dermatitis はどのパターンでもあってよい.困ったら overlap させて鑑別診断を考える.

2. まずは lichenoid dermatitis から

はじめに注意しておかないといけないことは,組織学的に lichenoid dermatitis が見られることと,臨床像が「苔癬型」であることは必ずしもイコールではないことに注意が必要で,この点は結構多くの教科書でも指摘されている.そこが理解できずにドツボにはまることが多い.混乱させるもととも言えるので,本によっては lichenoid dermatitis という表現自体を嫌っているもの (interface dermatitis with lichenoid infiltrate などと表現) もある.

Lichenoid dermatitis のプロトタイプは扁平苔癬と言われており,扁平苔癬をまずは思い浮かべて細かい違いを考えていく.組織学的に! lichenoid な病変というものは典型的には次の要素を満たしている.

a. 基底細胞の液状変性(あるいは空胞状変性,用語の問題),程度が強ければわずかに水疱様 (Max-Joseph space)
b. 接合にリンパ球が帯状に(広く連続的に)浸潤していること
c. 表皮の有棘細胞に Civatte body個細胞レベルでのアポトーシス)が見られること
d. 顆粒層の肥厚,過角化(≒ ターンオーバーの遅延
e. 真皮浅層の melanin incontinence(≒ 基底細胞の傷害によりメラニンが真皮内に落ちて組織球に貪食された状態)

これらのうち,必ずしも全てを満たす必要はないが,少なくとも a, b を満たしていないものに対して,lichenoid dermatitis と表現する人はほとんどいない

プロトタイプである lichen planus では,外傷やウイルス感染などにより表皮基底層の基底細胞に抗原性に変化が起こり,そこに CD8 陽性 T リンパ球が攻撃をすることで起こると考えられている.Civatte body (apoptosis) は浸潤してきた CD8 陽性 T リンパ球により誘導される.Lichen planus では psoriasis vulgaris とは異なり,遅いターンオーバーで対応すると考えられているので,ケラトヒアリン顆粒をたくさん作る余裕が出てきて,さらに過角化を来す(psoriasis vulgaris と逆のパターン).

とまぁ,とりあえずこの lichenoid dermatitis を頭にたたき込んだ状態で,それぞれの疾患の特徴を理解していく.細かいことは教科書を確認すべし.ここでは悩みそうなところを中心に説明を加えていく.

3. Lichenoid pattern を呈する疾患の特徴

・扁平苔癬 lichen planus:いうまでもなく,プロトタイプの組織像.好酸球浸潤は典型的には見られない.
・固定薬疹 fixed drug eruption: 臨床経過がしっかりしていないとつけにくい.vacular change のパターンのこともある.好酸球浸潤が見られることが多い.急性に発症するのか?角層は正常なことが多い
・光沢苔癬 lichen nitidus:通称カニの爪.有名だがなかなか見ることはない.
・GVHD:Vacuolar dermatitis に分類する本もある.大体において,造血幹細胞移植など文脈が確立しているが,薬疹ですか?GVHD ですか?といわれてもたぶん答えられないことが多い(GVHD では好酸球は通常ほとんど見られないことから,もし好酸球浸潤が強ければ薬疹の可能性が高いね、という程度).もう一つ,14 日以内に GVHD が見られるのは稀.急性だと薬疹と鑑別が難しい(というか厳密には無理).慢性だと強皮症と鑑別が難しい.経過を見て再生検で診断がつくこともある.
・Mucha-Habermann 病(あるいは急性痘瘡状苔癬状粃糠疹 PLEVA):好中球浸潤を伴う部分的な錯角化が見られる.
・苔癬型薬疹 lichenoid drug eruption:錯角化が見られやすく,これがあれば扁平苔癬よりも苔癬型薬疹と言いやすい.好酸球浸潤が少しでも見られたら苔癬型薬疹と言いやすい.
線状苔癬 lichen nitidus:汗腺周囲の炎症細胞浸潤が見られる.
悪性腫瘍:悪性黒色腫や菌状息肉症,基底細胞癌,日光角化症辺りは lichenoid pattern を示してくるので,要注意.

皮膚生検の謎

apapapa 先生からの "interface dermatitis" がなぜそう分類されているのか,病態生理学的な理由を含めて教えてほしい,というお題.答えるが,とても難問かつそもそも 1 - 2 回の投稿で解決できる問題でもないので少し分けて説明する.

まずは炎症性皮膚疾患の皮膚生検を評価するときの根本的な問題点から.

1. 皮膚生検の謎

多くの病理医は皮膚生検は苦手で,特に炎症性皮膚疾患は苦手という人は多い.わかりやすい説明がウリのみき先生の本ですら読んでいてよくわからないという人は少なくないはず.どどたん先生もそんなに得意という訳ではないが,なるべくわかりやすく考えてみる.

わかりにくいとされる一番の原因は炎症性皮膚疾患そのものが遺伝子変異が主体である腫瘍性疾患と異なり,はっきりとした原因は不明,あるいは組織像との対比がしにくく,病態生理学的な機序に基づいた説明が難しいと言うことだろう(みき先生の本ですら病態生理学的な記載は乏しい).実際多くの教科書は組織パターンと鑑別診断に終始している.読者としてはなぜそれが起こるのかという本質を知りたいのに,そうじゃないよくわからない?組織学的所見に振り回されている.

ここは炎症性疾患の宿命とも言える.例えば,肺病理でも器質化肺炎の器質化と細菌性肺炎の慢性化した器質化は同じであり,生検だとしばしば区別がつかない.なぜこういう変化が起こるかということを完璧に説明できないのは,研究会などでも意見が完全に異なってくるといったことにつながってくる.

もう一つ原因として考えられるのが用語や分類が混沌としていること.Civatte body は colloid body やアポトーシスなどの別名があって教科書によって書き方が微妙に違う.しかも分類自体も Ackerman の分類をベースにしているのはみんな同じだけれども,WHO 分類などの統一した分類があるわけでもなく,それ自体も混沌としている.

さらに炎症性疾患の疾患の entity の多くは臨床的な所見を中心にまとめ上げられており,組織学的所見が overlap することはしばしばある.そのためにそもそも我々病理医が診断をつけること自体が困難なことも多い.

と悩ましい要因がつまりまくっているのが現状.それでも皮膚科医は生検をしてくる...

2. では炎症性皮膚疾患の皮膚生検に対して,病理医はどのような態度で考えたらよいのか

以上から皮膚疾患の診断には

a. 組織学的所見だけで診断がつくもの(腫瘍の多くはそう)
b. 組織学的所見と臨床像を足して診断するもの
c. 組織学的所見が確かに有用ではあるが,確定診断自体は別の検査が必要なもの

があり,その中で,炎症性皮膚疾患はほぼ b or c に属すると言える.例えば接触性皮膚炎は時期にもよるが,組織学的には spongiotic dermatitis であり,何かに対する接触歴があるという情報を得て初めて接触性皮膚炎という診断が確定する.我々がすべきことは spongiotic dermatitis の所見を記載することで,あとは臨床医が考えること.

そしてなぜだかはわからないのだが,皮膚疾患を来す原因はたくさんあるのに対して,皮膚自体は限られたパターンで対応しようとしている.裏を返せばパターンを認識できさえすれば,臨床像と照らし合わせ,それなりの妥当な答えが出てくる,かもしれないが,我々がすべきことは少なくとも要求されていることは皮膚検体をきちんと評価して拾うべき情報をもれなく拾い上げて,臨床医が提示した鑑別診断に対してコメントすること.

ちなみに皮膚病理で病態生理学的な所見が日本語で比較的しっかり記載されているのは

皮膚病理のみかた(表皮)
皮膚病理のみかた(皮膚の炎症・膠原病・血管炎)

なんだけど,この本はおそらく中古ぐらいでしか手に入らない上に,編集が雑で写真と本文が離れていたりして読みやすいとは言い難い.しかし,この二冊でこれから述べることもこの本を大いに参考にしている.本当は三部冊の本だったはずだが,Ken Hashimoto 先生が書かずに?そのまま亡くなってしまい,おそらく出ることはないと思う.とても残念.

2018年9月24日月曜日

病理医と細胞診 ~補足

1. 病理医にとって細胞診は少なくとも最優先事項ではない

先程の記事で,病理医にしてみれば細胞診は業務のはしっこで,現実的に重きを置いている人は少ないといった.

それは違うよ,という病理医は自分が一週間で細胞診に割いている時間を計算してみるといい.迅速診断と同等あるいはそれより多く時間をかけていたとしたらすごいと思うし,特殊なポジションでなければ少なくとも組織診より割いている時間が多いということはない.

一方臨床検査技師にしてみれば,細胞診断は(スクリーニングという本来の立ち位置はさておき),「診断的な」ことができる,ある種資格の最高到達点のようなものであり,底を目指して日々研鑽を積んでいる.

すると業務に対する意識や技術に差ができてしまうのも仕方なく,実力の点で病理医とスクリーナーの逆転現象があちらこちらで起こっている.

2. それでも病理医が細胞診の総括をすることが必要

昔から細胞診は婦人科の先生が積極的にやっていて,細胞診専門医の比率も婦人科の先生がそこそこ多い.歴史的な経緯もあり,また病理について造詣の深い臨床医がいることは我々にとっても存在価値が高まるためとてもよいことであり,婦人科の細胞診専門医自体は否定はしないのだが,病院で行われる細胞診を婦人科の先生たちだけで sign out されると,病院の中でひずみが起きてしまう.

いうまでもなく,細胞診も(重きをおいているかどうかはさておき)病理診断の重要な柱であり,組織診と合わせて,総合的に管理される必要がある(別々に管理していると精度管理の問題や診断基準のぶれなどが発生してしまうため).

自分の知っている病院では,病理部門のサイトスクリーナーが検鏡したものを細胞診専門医資格を持っている婦人科医が sign out している.これはその婦人科医と病理医のコミュニケーションが密に行われているから可能なのであって,そうじゃなければ臨床的な bias によって結構ずれた sign out がなされる可能性がある.

3. 細胞診断の文献的考察の乏しさ

最後に少し話題が変わるが,細胞診の sign out をするときに,教科書や論文を引いている人は一体どれだけいるだろうか.いたら教えてほしいくらいだけど,多分多くの人(病理医及びサイトスクリーナー)は英語のテキストはおろか,日本語の教科書すら見ていないのではないだろうか.

というか細胞診の本自体が,日本語の本は極端に少ない印象.数年前に臨床細胞学会から本格的な本が登場したけど,それ以外はぱっとしないし,特に臓器別の本自体が少ない印象.

症例検討会を積極的にやっている割に意外とテキストを参照することが少ないのは結構前から謎な事象ではある.厳密な理由は不明だが,理由の一つとしては求められていることが,良性・悪性・不明の 3 つのカテゴリで,検体不良などを理由に「不明」に落とし込みやすいから?と思っている.

そこらへんの逃げ(これはサイトスクリーナーだけではなく病理医も!)が,テキストの少なさにつながっている気がする(もっと言えば不明をとことん突き詰めればいわゆる neues につながるかもしれない).




病理医と細胞診

1. 細胞診について真正面から語る病理医は実は少ない

細胞診学会あるいは研究会以外で細胞診については理路整然と語ることのできる病理医というのは意外といない.あまり大きな声では言えないが,細胞学会で講演している先生たちでも普段から細胞診のサインアウトをほとんどしない,ということは稀ながらある.

歴史的な経緯があって(もともと細胞診は婦人科から始まっている),ある程度歳をとった先生たちは「細胞診は邪道だ」という考えが色濃く残っている.

そういう背景もあって,病理医が細胞像について discussion をしているという場面はほとんど見ることはない.そしてもう一つの理由として,,,,

2. そして細胞診をきちんと診断できる病理医は少ない

これは実は大きな理由の一つ.サイトスクリーナーの人は薄々感じているあるいは大いに実感しているかもしれないが,細胞診をきちんとみることのできる病理医はほとんどいない.

というのも我々は基本的に,有所見(class III or more あるいは class II でも良性腫瘍など)の標本しか見ていないのと,細胞検査士から,推定組織型の下書きが提示されているわけで,それに対して,pros and cons を述べるだけであり,業務の 95% 以上は pros で,残りの 5% も cons というより言いがかりに近い批判をしていることが多い.

診断できないのはある意味しょうがなくて,彼らは我々病理医が見ている標本の数倍以上,negative も含めて見ているわけで,業務に費やしている時間が桁違いに異なるため,そもそもかないっこない,というのが本質.

それを補強するように病理診断のトレーニングの中で細胞診断というのはとても軽んじられていて,実質的には細胞診に対する系統だった教育というのはないに等しい.みんなほぼ自学自習でやっているのが実情.

どどたん先生がサイトスクリーナーの診断にケチを付けて,診断名を変更させた(結果的に正しかった)というのはこの 2 年間診断していてわずか 1 例のみ.サイトスクリーナーが優秀というべきか,どどたん先生の細胞診断能力が低いと見るか.

3. 病理医がサイトスクリーナーに勝てる要素

そうすると,相当数の症例をほぼ毎日(そこらへんは病院によって違うが)見ているサイトスクリーナーと我々病理医を比較すること自体がおこがましいということになる.

そうすると我々病理医がサイトスクリーナーに勝てる要素は次の二点しかなくて,臨床的な知識が彼らよりも多いということ.あとは組織診断をしていて答えを知っているということになる.というかそこらへんでしか(今風に言えば)マウントを取れない,ということ.

2018年9月23日日曜日

軟部腫瘍の考え方 2

1. 軟部腫瘍には良性,悪性,境界悪性(2 種類)の大きく 3 種類の分類がある 

WHO 2012 では骨軟部腫瘍は benign, intermediate (locally aggressive), intermediate (rarely metastasizing), malignant の 3 (あるいは 4 )種類に分類されている.読んで字のごとくで,局所浸潤があるから中間悪性の場合と,稀に転移するから境界悪性の場合があることに注意.

この分類はそのまま臨床的なフォローにつながるため,臨床医や病理医からはわかりやすいとおおむね歓迎されている(もちろん,えっこれが境界悪性なの??とか,これは悪性じゃないでしょ〜という批判はあるけどそれは仕方ないこと) .もっともこの分類を知らないい臨床医も山程いる.まぁしょうがない.何気なく取ってみたら軟部肉腫だったなんてこともあるわけで.

我々は組織型を同定するという作業をしていく中で,実質的にこれが良性なのか,悪性なのか,中間悪性なのかを分類していることになる .

2. FNCLCC 分類を記載する 

http://immuno2.med.kobe-u.ac.jp/20130627-3575/
腫瘍の分化度,核分裂像,腫瘍壊死をスコアリング化し,Histological grade を計算し求められる .腫瘍専門の整形外科医以外は多分知らないと思う.基本的には生検で評価し,その後の治療の参考に資するためのものだが,腫瘍壊死は生検だけだと評価不十分になるため,手術検体でも同様に評価したほうが良い.

FNCLCC 分類を見るとわかるけど,腫瘍の分化度はそのまま組織型とイコールで分類されているので,単に悪そうとか良さそうで分類しない,あくまで組織型の同定が前提となっていることに注意.

3. 良悪性と細胞異型は必ずしも相関しない

病理総論の基本的な考え方からすると細胞異型が強い=悪性ということになるけれども,軟部腫瘍についてはその考え方を捨てたほうがいい.明らかに悪性といえるのは,異常核分裂像が見られた場合のみで,それ以外は常に良性の可能性を完全には否定しきれない .よって常に組織型を頭に組織型を念頭に置きながら鑑別診断を行っていく必要がある

とはいえ必ずしもという程度で,あまりガチガチに考えてもしょうがない.

4. (再掲)年齢,性別,部位はとても重要な指標 

例えば異型脂肪腫様腫瘍 atypical lipomatous tumor を例に取ると,,, 異型脂肪腫様腫瘍が中学生くらいに発生するのはとても不自然.多くは中高年に発症する.若年者に見られた場合はよっぽどの根拠が無い限りはつけない .性別も重要で,男性あるいは女性のどちらかに起こりやすいことはあるけど,これは他の項目については優先度は下がる

部位はとても大切.異型脂肪腫様腫瘍が皮下の浅いところに出来ることは極めて稀で,もしそういうところにできた病変に対して異型脂肪腫様腫瘍という病名をつけようとしたときは間違えていることが多い(よくあるのは spindle cell / pleomorpic lipoma という良性病変と間違えていることが多い).原則異型脂肪腫様腫瘍は深部(後腹膜や筋内,縦隔など)に発生するものなので,表層に病変が出現したときには否定から入るべき

5. 部位は浅いところと深いところに分ける 

例外はたくさんあるけれど(DFSP, 滑膜肉腫,MPNST, myxofibrosarcoma etc),原則良性腫瘍は表層よりに,悪性腫瘍は深部よりにある.

表層と深部を分けるのは色々言われているが,1つは筋膜で筋膜より表層側(表皮,真皮,皮下脂肪織)を表層と考え,筋膜以深を深層とみなすことが多い.これは診療科の境界ともいえ,表層側であれば皮膚科が扱い,深層側であれば整形外科が扱うという暗黙の了解がある.

よって申込用紙を見た時に,病変がどの位置にあるかを大まかに知ることによって良悪性の目安がつく .もし書いていなければ臨床医に問い合わせるべきだし,どどたん先生は CT や MRI を見ながら鑑別している.当然臨床医も部位を記載すべき.

6. おすすめの本

いろいろ本はある.もちろん Weiss の textbook でもいいし,WHO でもいいし,Diagnostic pathology でも biopsy interpretation でもいい.

どれか一冊と言われたら,今だと次の本を勧める(これは現時点では,という話でもちろん新しいいい本が出れば話は変わってくる).

Practical Soft Tissue Pathology: A Diagnostic Approach E-Book: A Volume in the Pattern Recognition Series

有名な pattern recognition series の一冊だが,この本の良いところは,pattern recognition はさておき,疾患の臨床像と組織学的,分子生物学的所見と鑑別診断が丁寧に書いてあるところ.何だそれだけかと思うかもしれないが,変に突出しているよりも普通に普通がきちんとできることのほうが実はとても大切.

軟部腫瘍の考え方

そういえば,そろそろ学生に対する講義を頼まれそうな気がしてきたので,ちょっと予習を兼ねて,まずは軟部腫瘍に対するみかたから始めて見る

1. 軟部腫瘍に対するみかた

とある腫瘍整形専門の臨床医いわく「僕たちは特別なことを求めているわけじゃないのです.Round cell か spindle か,良性か悪性か(あるいは中間悪性か)の 4 つあるいは 6 つの matrix のどれに入るかを教えてくれたらそれでいいんです.」という.

まさにそのとおりなのだが,それが難しいという話.そして結構な割合で間違える.実際この腫瘍細胞が紡錘形なのか,円形なのかの判断ですら迷うことがしばしばあるので.

2. それでも円形・紡錘形からスタートする

やはり,軟部肉腫を考える上で,円形なのか,紡錘形なのかというのははじめの分岐点としては有用だと考えている.あまりにも広い鑑別診断の中でどのように泳いでいくかというかと考えるとはじめの第1歩として大きく分ける必要がある.

円形か紡錘形かどちらにも見える場合,楕円形などは,自分はとりあえず紡錘形細胞に分類した上で,鑑別診断に合わなければもとに戻ってまた考え直す.

3. どういう構築を作っているのか,及びどういう基質を産生しているのか

これは普通の上皮性腫瘍の診断と同じことなのだが,腫瘍細胞がどのような構築を作っているのか及び,産生している基質の種類で腫瘍の組織型はだいたい決まる.

基本的なことなんだけど,おそらく軟部腫瘍のすべての組織型を熟知している人はほとんどいないはずで,多くは組織像を見てからテキストを見ながらそれっぽい組織型を判定していくというプロセスを経ているはず.そのときに構築,産生する基質をきちんと整理しておかないと見た目だけでとんでもないところにたどり着いてしまう.

4. 類骨?膠原線維?

日本の骨軟部腫瘍研究会は確か類骨を考える会みたいな名前だったように,類骨と膠原繊維の鑑別は難しい.いずれも軟部肉腫の作る基質だけど,どちらももとは同じ物質なので,見た目だけで判断することになる.

肉腫で類骨と判断すれば osteosarcoma になるし,膠原線維と判断すれば(他にはっきりとした分化がなければ) undifferentiated pleormophic sarcoma になる.しかし,ここらへんは専門家でも意見が分かれることがしばしばあるので,あまり気にする必要はない.

基本的な考え方は腫瘍細胞の周りを取り囲むように骨のような領域性の構築を作っていれば類骨と判断するが,微妙な症例が多くて,結局判断が迷っていることが多い.

5. 臨床情報はとても重要

腫瘍によっては好発年齢,部位が決まっている.もちろん例外もあるが,好発年齢,部位から外れたものについては診断を今一度考え直した方が無難.

例えば low grade fibromyxoid sarcoma は若年に起こりやすいし,myxofibrosarcomaは高齢者に起こりやすい.年齢の感覚を持てればよいのだが,そうでなくともテキストを振り返る際に必ず臨床情報はチェックしたほうがよい.

6. あまり深いことを考えずにとりあえず免疫染色を出す

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/24111893

ミエッティネン先生が言っているように,軟部腫瘍の免疫染色はある程度網羅的に出すべきである.よく,HE 染色だけを見てこうだろうという目星をつけて限られた項目だけを出して診断している人もいるけど,pertinent negative な所見も含めて診断する必要がある.

つまり,AE1/AE3, EMA, Desmin, αSMA, CD34, S100 の 6 項目を提出すると,多くの軟部腫瘍は何かしらかかってくると言われている(いくつか組織型を思い浮かべてみるとわかるけど,大体網羅されている).

例えば synovial sarcoma は AE1/AE3 が陽性になることが想定されるし,melanoma や MPNST は S100 がひっかっかる可能性がある.

軟部腫瘍は組織型自体が多い上にバリエーションも多いので,ある程度網羅的な検索を心がける.

7. 分子生物学的な手法は専門施設に任せるしかないあるいは諦める

ある程度は免疫染色で戦えるようになってきたが,それでも免疫染色の抗体をすべて持っているわけではない.さらに FISH や PCR となると,現実的にできないことが多い.

軟部腫瘍が多い施設はそうだが,少ない施設ではこれらのプローベを揃えることすら難しいわけで,そういうときはあまり無理をしない.そのためにコンサルテーションシステムがあるわけでそこに頼るのも一つ.

そして,もう一つ重要なこととして,臨床医がどの程度必要しているかということ.軟部腫瘍で化学療法のメニューが決まっているのは rhabdomyosarcoma, Ewing sarcoma だけで,それ以外は(現時点では!)どのような組織型であろうと化学療法のメニューはだいたい一緒(最近は特定の遺伝子の転座あるいは増幅に対して特異的な治療法が開発され始めているので,今後はわからない).

なので,最初の臨床医の話に戻るけれども,明らかな悪性とみなされる(atypical mitosis があるなど)ものであれば,その情報を伝えて終わりにするのも一つ.

2018年9月21日金曜日

病理医は実は余っているのではないか問題〜補足

昨日一通り書いていくつか気づいた点があったので補足説明.

最初の記事
http://dodompa3.blogspot.com/2018/09/blog-post_20.html

1. 管理加算は誰のためにあるもの?

病理医が必要と主張する根拠として管理加算 2 がある.極論を言えば常勤病理医 2 名いればオッケー,自動的に 1 症例あたり 320 点(= 3200 円)が加算されるというしろもの.

https://clinicalsup.jp/contentlist/shinryo/ika_2_13_2/n006.html

例えば年間 5000 件の組織件数及び 6000 件の細胞診の病院であればなにもしなくても 2500 万円の収入増になるわけで,これだけ美味しい話はない.

ここで,と続くわけで,実際自分の知っている病院でも起こったことなんだけど,管理加算 2 がつくまでは常勤病理医を探そうとする.探してようやく見つかったら +2500 万円.職員が増えて(その人の給与などの経費を差し引いても)黒字になるというかなり美味しい話.

しかし,次に病院幹部が考えることは,「常勤 2 名になったら非常勤減らせるんじゃね?」ということ.病理医側からしたら楽に仕事できるに越したことはないわけで,収支を考えてもむしろ一人くらい増えても大丈夫なんじゃね?といいたいところだが,利益を最大限にするには収入を増やして経費を削減するわけで,削れそうなところはとことん削っていくことになる.

そういうわけで,実際にその病院では常勤が一人増えて管理加算 2 が取れてしばらくして非常勤を一人切られてしまった.

2. Single sign out か double sign out かは実は臨床医はそんなに気にしていない

これはみんな薄々気づいているとは思う.我々からすると single sign out か double で sign out するかは質的に結構な大きな違いが生じるのではないかと思っている.

しかし,臨床医の視点ではあまりそこらへんを気をつけてみている人は少なくて,どちからというと早く結果を知りたいという要因が大きい印象(ただし,病理のことをよくわかっている臨床医は「誰が診断したのか」について注意を払うことは多い).
臨床医の要望:早い,安い,うまい ≫ 遅い,高い,美味
病理医の要望: 早い,安い,うまい ≪ 遅い,高い,美味
という現実がある.その点においては管理加算の下駄で魅力を作るのではない,本質的な魅力を作る必要がある.

3. 需要の増加<供給の増加

現在は明らかに「需要>供給」であるが,医学部も新設され,それ以上に病理診断に対する脚光(歳をとっても仕事がしやすい?子育てと両立しやすい?患者さんのクレームに付き合わなくて良い?)が集まった結果,
d(需要)/dt ≦ d(供給)/dt
になっており,これを積分すると,将来的には
需要 ≦ 供給
になってしまうのではと危惧しているわけである.もっというと病理が増えていく中でさらに AI の診断によりアシストされると
需要 < 供給 + AI のアシスト
になるのかもしれない.(もっともこの式については若干疑義的なところがあって)もしかしたら,
需要 + AI や分子生物学的な進歩による治療の個別化のための細かい診断 > 供給 + AI のアシスト
という構図も出来上がりかねないし,実際これまでの歴史もそう語っている.

2018年9月20日木曜日

病理医は実は余っているのではないか問題


年月日 専門医人数 前年度からの増加分 その年の病理専門医の合格者数
2005 年 1647 N/A 52
2011年9月1日 2128 N/A 73
2012年9月1日 2188 60 72
2013年9月1日 2232 44 56
2015年2月1日 2276 44 74
2015年9月1日 2319 43 61
2016年8月18日 2362 43 74
2017年10月1日 2405 43 71
2018年9月10日 2483 78 N/A yet
355  (2011-2018) 481
期間中に retire したであろう人数 126

(http://pathology.or.jp/senmoni/board-certified.html より wayback を用いて過去のデータをさかのぼって収集)
(2005 年分については https://www.medis.or.jp/8_hpki/pdf/150124sawai.pdf より)

1. 実は病理医は余っているんじゃないか問題

ちょっと机上の空論で考えてみた.データは上記の要領で収集した.データ自体の日付がバラバラで本当の意味での統一性は乏しいが,参考程度に.さてここから少し遊んでみる.

481 人の新規参入者中 355 人 (2011-2018) が純粋に増加した人数になるので,retire した人を考慮し計算すると,毎年,新規合格者数の 73% が増加し,27% 分は retire している.つまり合格者数の 7 がけが全体の増加数に近い.

これまでの病理専門医試験の合格率は回によってばらつきがあるものの,概ね 8 割程度を推移している.2018 年度の病理の専攻医登録数は 114 人(https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10801000-Iseikyoku-Soumuka/0000199728.pdf)だから,毎年この程度の人数が応募すると仮定するならば 114*0.8*0.73 = 66 人が毎年増加する見込みとなる(ちなみに専門医試験自体の合格者の見込みは 91 人).

すると,めでたく 3000 人を超えるのは 2026 年で,そのときに 3011 人になるだろう.もちろんこの中にはいわゆる団塊の世代交代や病理人気?が功を奏する場合などは全く考慮していない.単に数字の計算.

2. 需要は果たして増えるのか?

これは少し難しくて,需要は確実に増えている.自分の病院でも前任地の病院でも確実に毎年右肩上がりで増えている.

https://sites.google.com/site/kawagoepath/byouri-i-boshuu

親切に多年度に渡って提供してくれている埼玉医科大学総合医療センター病理診断科のデータを例に考えると,20 年で組織診及び細胞診の検体数が倍になっている.免疫染色の件数も倍どころではないくらいに増加し明らかに業務量の増加が見られ,需要は確実に増えていると断言できる.そのかわり,剖検例が如実に減少しているのも手に取るようにわかる.日本の実情を表した,典型的なデータと言えるだろう.

3. 需要の増加 ≒ 収入の増加 ≠ 雇用の増加

ここから少し暗い話をすると,検体の需要の増加はほぼ直結して医業収入の増加につながる.特殊なリンパ腫以外は原則的に持ち出しはほとんどないし,そもそも病理診断に関するコストはかなり低い.

ところが雇用の増加につながるかというと,そこは実は難しい.パソ太郎先生が指摘しているように(https://twitter.com/pathotaro/status/1042539766103732224),病院の収入上は管理加算 2 を目指すのが目標で,その目標を達成するために,常勤病理医 2 名確保までは積極的に動くだろう.

2 名が充足したらどうなるか.充足してしまえばそれ以降は追加のコストでしかない.病理なんて加算がとれる 2 人で十分でしょ?それ以上必要なの?と首元まで出かかっている病院幹部は少なからずいると思う.

例えば臨床科の場合は人数の多寡がかなりダイレクトに病院収入に関係する.なぜならばある程度の手術や検査は人数が揃わないとそもそもできない,ということがあるから.一人しか外科医がいない状況下では緊急手術の対応は難しいかもしれないし,PD なんてできやしない.しかし,ある程度までは人数が増えれば増えるほど高難易度(≒高収入)の手技ができる可能性が高くなり,それが病院収入へと貢献する.

しかし,病理の場合は何人増えようとも減ろうとも,やっていること自体は変わらない.検体数が増えたとしても 2 人でできればそれに越したことはない.追加で人を雇うよりも時間外を含めて頑張ってもらったほうが割がいいという判断になりうる(多少の時間外手当を払っても,あるいは医者だから払う必要がないか!?).

4. ちょっと特殊な事情

少し話がずれる.臨床医からすると,病理医の数が増えたら結果がより正確に,より早く返ってくるのではという期待を込めていることがあるかもしれない.しかしそれは間違い.

病理医側からすると,多くの場合人数が増えれば double check をより厳格にしたりとかして single sign out に比べて時間がかかるようになる,確実に.確かにより正確になるかもしれないけれども,それは臨床医からしたらはっきり言ってどうでも良い細かい所見が詳しくなる程度で,「癌ですか!良性ですか!」レベルを志向する臨床医からするとはっきり言ってどうでもよい.

5. 病理診断のあり方は

ここではあまり言及しなかったけれども AI の発展(https://twitter.com/sugikota/status/1042658637619945473 すごいね,これ)より,病理診断のあり方が根本的に変わる可能性もあるけれども,免疫染色みたいに根本は変わらず,積み上げみたいに変わる可能性もある.ただ,AI 自体は病理医不足を解消するために動いている感があるので,若干は危機感を抱いたほうが良いと思う.人手不足だから職にあぶれないから将来性があるという言い方をする人もいるけど,そもそもなんで人手不足なんだとか,人手不足が解消されたらもう需要は開拓できないかのかとかいろいろ考えると,闇フレーズではある.

おそらく微妙に職にあぶれる人が出てくることはないとは思うけれども,皮膚科や眼科みたいに微妙に就職しづらいという可能性は十分にある.

ちなみに病理がなくなるなくならない(https://twitter.com/Edoshino26/status/1042359392098648066)という話ではなくて,需要と供給の関係の是非についてのお話.市場を大きくするのは我々にとってもとても重要なこと.供給を増やす努力はそこそこうまくいきかけていて,病理専攻医が順調に増えている.しかし,検査センターや管理加算の足かせ,病院収入への貢献問題があって需要の開拓は意外と思うように進んでいないかもと考えると,結構道のりは険しい.


2018年9月18日火曜日

剖検のまとめについて

1. 剖検のまとめ方にそもそもルールは存在しない

ちょうどいま病理解剖のまとめをしようとしているところで,いつものごとく壁にぶち当たっている.これは何年やっても,何回やってもおなじことであり,ある種の様式美に近い.

理由は単純で,病理解剖をまとめるのにルールが存在しないから.腫瘍であれば癌取扱い規約があり,非腫瘍性病変でも,腎生検や皮膚生検などはテキストがある.しかし病理解剖に至ってはまともなテキストと呼べるものが清水道生先生が出している本かあるいは病理と臨床の増刊号くらいしかなくて,それもどちらかというと病理解剖の手技に特化したものであり,病理組織学的な所見のまとめ方についての記載はあまり手厚くない.

また病理学会が独自に剖検のまとめ方についての細かいルールを規定しておらず,ある程度 official と言えるものは病理専門医試験の模範解答くらいである.その解答ですら年によってばらつきがある始末.何をどのようにまとめるかについては,和食から洋食,中華料理くらいの差があると言っても過言ではない.

2. ルールのない世界での discussion はルールのない格闘技と一緒

外科病理検体の病理診断は規約や文献的な記載をもとにした,ある程度建設的な議論は可能.あるていど,だが.しかし,病理解剖の報告書のまとめについては上記の通りルールがない.ルールがない中での discussion はしばしば不毛で,私はこう思うがまかり通る世界.ルールのない格闘技はただの喧嘩と一緒で大きな声の意見が勝ってしまう.

もちろん明らかな急性心筋梗塞を覆すのは難しいけど,炎症の程度や粥状動脈硬化症の程度の判定を軽度から高度にひっくり返すことは簡単.例えば 80 歳の老人の腹部大動脈に粥状動脈硬化が見られるが,自分の経験した症例の中で比較的軽いためそのように書いても「いや,ここにもそこにも粥腫を形成しているので高度である」と言われると反論する余地がない.なぜならばすべての根拠は自身の経験によるから.

3. それでもなんとなくのルールはある

とはいうものの,大筋についてはゆるやかな決まりがあってそこらへんは全員で共有している.例えば臨床診断については(右心不全)など括弧書きでする,とか敗血症は 3 臓器以上の炎症で脾炎を含む,癌については必ず主病変に含めるなど.これは剖検週報のルールと一部かぶっている.

でもそれはルールの中でもとても基本的なもので,ストレートな症例だったときの話になる.それ以外の困った事例(はっきりとした死因がない,肺炎はあるけどどの程度ひどければ死因として提示すればいいのか)については細かい決まりがなく,人によって意見が違う.人によって意見が違うだけではなく,そもそも患者さんによってはよくこの肺で生きていられるな!と思わざるを得ないこともしばしばあるので,規定しにくい.

3' 剖検のフローチャートについて

とある優秀な先生が言ったこと.フローチャートの矢印の確からしさが 80% だとすると,矢印 5 本を連ねると,0.8^5 で 32% の正答率になってしまう.だからこんなフローチャートは意味がないと.

フローチャートは思考の整理には有用かもしれないけれども,これが正しいという保証はどこにもない.

4. 上級医と戦うためには

病理解剖報告書の上級医のチェックについては完全に相手次第で,相手が悪ければ何を書いても文句を言われる始末.そもそも勝てるような試合ではないので,最初から戦わないのが本来の正解.指導医との相性が悪ければ,もうそこで諦めるしかない.

その前提で話を進めると,(試験対策ではない!)病理解剖のレポートのまとめ方の原則は客観的事実をきちんと列挙することと,それをグルーピングしてなるべく無難な結論に持っていくこと.臨床病理相関の意義付けについてはとりあえず,可もなく不可もなくなことを書いて,上級医に任せてしまうのも一つ.

(ちなみに専門医試験対策は簡単で必ずわかりやすい,致死的な主病変が出てくるのでそれに従って要素を拾い出せばたいてい答案は書ける.)


病理医としてのキャリアパス:中間点

# 次はいずこへ どどたんせんせはいわゆる around 40 で,この職場で留まるべきか次にどこかに行くべきかをそろそろ悩まなくてはいけない感じなっている.ある程度 public なこういうブログで書くべきかは悩ましい感じもするが,ごく普通の人の普通のキャリアパスについての具体...