2017/10/08 1st edition.
2018/12/29 Last updated.
○ 「悪性」と判定する細胞学的な根拠 〜 腫瘍細胞の単調さ
・乳癌以外の一般的な癌は腫瘍細胞の多形性が出てくると言われる
・乳癌の細胞も広い目で見るともちろんその例外ではないのだが,乳癌(特に乳管癌 ductal carcinoma)では「核に張りが出てきて,単調さが出てくる」のが特徴だと言われる.
・張りが出てくるというのは要するに丸みを帯びてくることで,大小不同がなくなって同じような細胞に見えてくる.さらに浸潤性乳管癌になって悪性度が上がると,核に多形性が出現するのである(もちろん乳管内癌でも多形性が出てくることもあるけれども)
・結論:乳管癌は核が単調で丸みを帯びてくる
○ 「浸潤」と判定する細胞学的な根拠 〜 筋上皮の消失
・細胞異型から癌と診断し得た(少なくとも乳管癌といえた!),という状況下で,果たしてこの病変が浸潤しているのだろうか?という疑問が生じる
・乳腺(そして外分泌腺という意味で共通の前立腺)の浸潤の実質的な定義は筋上皮(すなわち乳管上皮+筋上皮の二相性)の消失とされている
・筋上皮は基底膜側にあり細胞質が明るいことが多く,わかりやすい
・実際にはあまり深いことは考えず,乳管癌に矛盾しない異型細胞からなる腫瘍胞巣が明らかに乳管の構築からかけ離れた構造を作り散在性に分布するように見られれば浸潤と判定しているが,腫瘍胞巣自体の異型が弱い(増殖する細胞の核異型が軽い)場合は後述する腺症を見ている可能性があり,免疫染色を行う
・免疫染色:筋上皮は CD10(細胞質), αSMA(細胞質), p63(核), CK5/6 (or CK14 でも okay, このマニュアルでは CK5/6 に統一している)(細胞質) が陽性
・免疫染色を提出する際には核あるいは細胞質のどちらかが陽性となるものを組み合わせて使うと良くて,たまに染まらないことがあるので複数出すことを心がける
・αSMA はいろんなものに染まるので,CD10, p63, CK5/6 の 3 種類のうち,気分で 2 種類(通常は p63 + CD10 or CK5/6)を染める
・免疫染色については後で詳しく書いている
○ 乳管内癌 ductal carcinoma in situ (DCIS) / non-invasive ductal carcinoma
・最もよくある癌.とりあえずビール的な感じの極めてよくある疾患
・乳管内を丸く腫大した核を有する単調な異型細胞が密に増殖し,部分的に腺腔を形成している
・腺腔を形作る異型細胞には極性が見られる(極性の乱れ,ではなく,極性がある!).
・極性がある,というのは腔の周りお行儀よく細胞が並んでいて,その並んでいる細胞の核は基底部側(腔から見ると,腔の辺縁)に見られる状態,ちょうど正常な腺管を模倣しているような状態を指す
・逆にこの極性がない状態だと,乳管内増生と判断される(ここは勘違いしやすい.普通は極性が乱れていた方が悪そうに見えるが,乳腺の場合は極性があれば悪性と判断しやすい)
・ポイント:核が丸く腫大している(まるまるっとしている,このことをもって「核が張っている」と表現する人がいる),大小不同が目立たないことも乳管内癌とする特徴の1つである
・何が乳管内癌であるという定義よりも何が乳管内癌ではないかという否定の定義の方が意外としっくりくると思う
・すわなち,乳管内を増殖する病変で,細胞接着性があり(小葉癌ではない),腫瘍細胞が単調であり(乳管内増生ではない).腫瘍内及び筋上皮が介在している(乳管内乳頭腫あるいは乳管内増生,あるいは浸潤癌ではない)といった特徴を有している.要するに DCIS の所見を記載する場合にはこれらの項目を満たすような記載をしなくてはいけない
○ Solid papillary carcinoma
・間質を伴って,乳頭状に増殖する乳癌の一種.乳管内癌扱い.18 版では ductal carcinoma in situ (DCIS) の中で solid papillary type として掲載されている(臨床的な取り扱いも DCIS に準じている)
・腫瘍細胞は核は丸く,偏在性であり,plasmacytoid と形容されるのが特徴,免疫染色で Synaptophysin, Chromogranin A, CD56 のいずれか 1 種類以上が陽性を示す
・腫瘍内部では二相性が消失しているが,辺縁には p63 or CD10 陽性の筋上皮を確認できる(以上から非浸潤癌とする)
・たまに浸潤癌を形成することがある(間質内に明らかな腫瘍の小胞巣形成が見られれば間質浸潤と判定するが,微妙なことが多い▶微妙な場合は判定保留にしてもあまり臨床的には問題ない)
・粘液癌 mucinous carcinoma でも neuroendocrine marker が陽性となるため,両者の異同が議論されている(というか手術検体を見ていると,粘液癌と solid papillary carcinoma が連続したような組織像が見られることがある)
○ Encapsulated papillary carcinoma vs intraductal papillary carcinoma (papillary DCIS) vs Intraductal papilloma
・いずれも乳頭状増殖が特徴の病変だが,日常の診断でつけることはあまりない,比較的珍しい疾患ということになる
・どどたん先生は自分の症例として見たことがないので,教科書的なポイントだけ列挙しておく
・Encapsulated papillary carcinoma:乳頭状に増殖する癌であり,乳頭状に増殖している部分の間質に筋上皮細胞の介在はなく,また腫瘍胞巣辺縁にも筋上皮の介在がなく,薄い線維性被膜によって被覆されている.一応浸潤癌という扱いのはず
・Intraductal papillary carcinoma (papillary DCIS) :papillary DCIS という別名があるように本質は DCIS. だから乳頭状に増殖している部分の間質には筋上皮細胞の介在はないけど,腫瘍胞巣辺縁(≒乳管)には筋上皮が見られる(▶浸潤ではない)
・Intraductal papilloma(乳管内乳頭腫) :上で説明したとおり.乳管内乳頭腫で問題となるのが乳管内癌が乳管内乳頭腫内を進展した場合.この場合は部分的に筋上皮が消失し,単調な細胞が増える領域が見られる.気になれば CK5/6, p63 を染色すると,癌が進展している部分だけ,陰性になるはずである
○ 小葉癌 lobular carcinoma
・乳管癌は乳管由来,小葉癌は小葉由来ということになっていたが,現在ではいずれも TDLU から発生することになっている
・小葉癌の特徴は何と言っても腫瘍細胞が孤在性にばらばらと増殖すること
・免疫染色では E-cadherin が膜に陰性となるのが特徴(細胞接着因子なので,本来は細胞膜に陽性にならなくてはいけない.たまに細胞質に陽性を示すことがあるが,それは E-cadherin が細胞膜までうまく運ばれていないため,免疫染色の解釈としては陰性と判断する)
・E-cadherin が稀に陽性となる小葉癌があるが,原則的には HE 染色で見えたときの結果をもとに小葉癌と診断するため,E-cadherin 陽性でも,ばらばらしていれば小葉癌としてよい
・小葉癌は増殖,浸潤パターンが非常に独特で,in situ 病変の場合は小葉の構築は保ったまま置換するように増殖するためぱっと見ると見逃す可能性がある(感覚としては「既存の乳管がぺちゃんこではなくて,小型だけど均一に少しふくらみがある」ような場合は注意.通常の乳管が丸く膨らんでいる時点で何かしら変化がみられると考えておいた方が無難)
・浸潤癌の時は,乳管周囲にパラパラと同心円状に広がるような浸潤を見せる
・臨床的な観点から.エコーやマンモグラフィなどの画像検査では腫瘤として認識しづらく(当然認識できることもあるし,臨床医の腕によるところもあるが...),「よくわからないけど,刺してきました」とある場合は小葉癌の可能性は常に念頭に置く
・女性の原発不明癌の中でも比較的重要.腫瘤形成が乏しいため,転移先で良く見つかる.前情報なしで他の臓器において果たして小葉癌と診断できるか?
○ 粘液癌 mucinous carcinoma
・豊富な粘液性間質内に腫瘍細胞が浮遊している状態で,浮遊している腫瘍細胞は癌でありさえすれば良い(個在性の低分化腺癌でも高分化腺癌でもどっちでもいい)
・普通の浸潤性乳管癌で,粘液性間質が目立つものもこの診断名の中に入っている
・腫瘍のマッピングがしばしば難しいけれども,一応粘液のあるところは腫瘍があるという認識で良い(これは乳癌に限らず,粘液性の間質が豊富な腫瘍では腫瘍細胞が見られなくても腫瘍の範囲と認識していることが多い)
・Mucocele like lesion (粘液性間質だけで,上皮成分が見られないもの)との異同が問題となっているが,おそらく最近 mucocele like lesion と診断することはほとんどないのでは?成書によっては,mucocele like lesion と粘液癌は本質的に同一のものだという主張もあるくらい
・一応言及しておくと,mucocele like lesion というのは粘液中の細胞成分がないものを指してる
・結論としては粘液性間質が豊富に見られる腫瘍は基本粘液癌を念頭に置き,どうしても上皮成分が確認できない場合に mucocele like lesion suspected として粘液癌の可能性について言及しておくのが現実的な気がする
○ 髄様癌 medullary carcinoma
・やや幅の広い,細胞境界不明瞭な大型の腫瘍細胞がシート状に増殖し,間質に豊富なリンパ球を含んでいる特徴的な腫瘍
・核の多形性が強く,また核分裂像も多い(浸潤性乳管癌の nuclear grade を計算すると必ず grade 3 になるが,通常型の浸潤性乳管癌よりも予後が多少良いことになっている)
・免疫染色では CK5/6 が陽性となるのが特徴
・髄様癌という名称だが甲状腺の髄様癌とは見た目も由来も全然違うので混同しないこと
・リンパ球浸潤が多い上皮性腫瘍はしばしば予後が良いことが多い(例:胃の gastric carcinoma with lymphoid stroma).多分髄様癌もそういうことになっているんだと思う
・ちなみに乳腺の専門家で細かい先生は髄様癌という名称を嫌がる人がいる(境界明瞭な腫瘤,腫瘍細胞の癒合状の増殖,高度の核異型,豊富なリンパ球浸潤の全ての要素を完璧に満たさないと medullary carcinoma と言いたくないという人たち).そんな人に対しては carcinomas with medullary feature としておけば良い.本質的にはあまり変わらないと思っている
○ その他の頻度の比較的稀な組織型
・化生癌 metaplastic carcinoma:化生というのは「組織の形態が変化すること」で腺上皮 → 扁平上皮のように使われるが,基本的に良性あるいは非腫瘍性の時に用いられる用語.だから化生+癌というのは矛盾しているような気がするが,仕方ない,世の中そうなっているから.乳腺原発の扁平上皮癌は化生癌の中に入っており,稀だがある.骨や軟骨を形成する癌があるようだが,どどたん先生はみたことない
・紡錘癌 spindle cell carcinoma:紡錘癌と言うと,普通はいわゆる癌肉腫 carcinosarcoma を指しているはずなのだが,cytokeratin 陽性の紡錘形細胞が増殖する腫瘍を指している(それ以外の sarcomatous な腫瘍は metaplastic carcinoma に入るようだ)
・他には唾液腺腫瘍や皮膚でできる腫瘍も乳腺腫瘍として生検あるいは切除されてくる可能性がある(腺様嚢胞癌や悪性黒色腫など).ちょっとでも定型的な組織型と違うと感じたら,なるくべく免疫染色で裏をとった方がよい(間違えたら色々とシャレにならないので)
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