2026年3月30日月曜日

15 年目の悲劇

# 卒後は 17 年目,病理は 15 年目

自分は 2009 年に大学を卒業しているので,2026 年 4/1 現在だと,卒後 17 年目になる.卒後 15 年目のとか,20 年目の,みたいなタイトルの本を見るが,その節目を超えてさらなる大台に突入してしまった感じはある.

初期研修期間の 2 年を除けば,病理歴は 15 年目になる.病理を始めた時期が 2011 年頃で,気持ち的にはその当時と何ら変わりはないのだが,そこそこの実力と引き換えに体力は徐々に衰えていく感じはまぁ確かにある.

# 病理を始めたときに思い描いていたこと

病理を始めたときに,「コンピュータで病理診断ができるようになる未来」を考えていた.もちろん,今でいう AI なんて思いつくはずもなく,プログラムを組んで画像解析をすれば診断ができるはずだと考えていた.そのためには病理診断を行うにはどういう要件が必要で,それを明確にすることが必要だった.

しかし,現実はそうでもなく,偉い先生が「こう思うからこう診断する」という風に捉えざるを得ないくらいの,気分に近い診断もあったりして,一筋縄にはいかないことも知った.この診断基準の闇については,分子生物学的な知見や観察者間の変動に関する検討が導入され,だいぶ解消したように思う.形態的根拠が主流で,免疫染色は参考所見と考える当時からすると本当に隔世の感がある.

# 偉そうにできない

加算の要因を除けば,結局,病理診断は資格や経験年数よりも実力がものをいう世界で,しかも分野が多岐にわたるので,ちょっとニッチで特殊な分野について数年頑張ればトップクラスになれる要素がある.そのニッチで特殊な分野に需要があるかと言われると,ニッチで特殊であるが故に,多分ない.

専門医を取得前後の若い病理医の先生くらいであればマウントをとることはできるが,それ以降で専門を持っている先生に対しては,かなわない.一見矛盾することを言うと,病理医として一人前になるのには病理医専属で 10 年くらいは必要であるが,一部の分野の専門性という意味では数年あれば十分と言える.ずっと後輩の先生から教えてもらって,「なるほど!」と納得することや,「先生,こういうのは当たり前ですよ!」と言われることが少なからずある.昔はこうだったんだけどなぁ...

# 理想と現実の狭間

そもそも大学を卒業して医師免許を取得した時点で親孝行はしたし,もういいかなと思っていたのもあって,今はピークを過ぎた暇つぶしみたいなところが無きにしもあらずではある.病理医を始めたときは,定年間近の先生たちがバリバリ診断をしている姿をみて,あそこまで辿り着けるのだろうかと思っていた.

だいぶ正直に言うと,当時思っていたレベルには大体到達しているように感じている.しかしだ,ゴールポストが圧倒的に動いている.分子病理学の知識がどんどん必要になってきている.今はがんと遺伝性疾患に対してだけど,今後絶対に非腫瘍性疾患もゲノム検索の対象になってくる可能性が高いし,学ぶことはどんどん増えてくる.

正直わかんねーと言いながら,なんとか勉強していっている感じだけど,定年間近の先生たちみたいに振り落とされる日が来るんだろうな.実際,分子病理専門医の取得を諦めた先生はそこそこいる,特に形態診断を重視してきた診断界隈で.研究系の先生は頑張って取っている人が多い印象.

# 次の十年

とりあえず遅いとわかっていながら今更ながら AI なるものの勉強を始めてみた.どのように病理診断と画像解析に活用できるのか,QuPath や HALO AI とにらめっこしながら様々なものを試しているところ.

そして,病理診断を次の十年後も続けているだろうか,という謎はある.その時に病理診断のあり方がどうなっているのか.正直五年後すら想像することが難しくて,でもそれは楽しみかもしれない.

2026年1月6日火曜日

出血性壊死@病態基礎

 # Introduction

  • 出血性壊死 hemorrhagic necrosis は,循環障害により,組織壊死と同時に出血を伴う病態である.
    • 虚血性壊死が主に血流遮断による酸素欠乏で生じる
    • 出血性壊死はうっ血や再灌流による血管壁の破綻を伴う
  • 脳では,組織が軟らかく血流の再開により容易に出血を起こすため,出血性梗塞あるいは出血性壊死をきたしやすい.

# Body

出血性壊死は,壊死による出血と,血管損傷による二次的出血が関与する.

## 機序

  • 血管閉塞または破綻により局所的に循環障害が起こり,結果として虚血性変化を来す.
  • 再灌流や圧上昇に伴って脆弱化した毛細血管が破裂し,壊死組織内へ赤血球が漏出する.
  • これにより壊死+出血が混在し,血流再開の影響が強い場合ほど出血が顕著になる.
  • 脳では閉塞血管の再開通,心臓や肺ではうっ血性循環障害などが誘因となる.

## 脳出血の形態学的変化

  • 急性期(数時間 1日):
    • 出血巣周囲に壊死性変化を伴う血腫形成
    • 血管周囲の浮腫と圧迫による二次的壊死
  • 亜急性期(2 - 7日):
    • 赤血球が崩壊し,マクロファージが出血巣へ侵入
    • これらはヘモジデリンを貪食し,鉄沈着 hemosiderin-laden macrophages を形成
  • 慢性期(2 週間以降):
    • 壊死組織は吸収され,線維性瘢痕あるいは空洞形成(脳軟化)として残る
    • 周囲にはアストロサイトの増生によるグリオーシスが生じる

## 形態学的特徴

  • 壊死組織内に赤血球がびまん性に混在し,組織構築が崩壊する.
  • 細胞は膨化・崩壊し,核の濃縮や融解像を見る.
  • 回復過程で,マクロファージと新生毛細血管の出現
    • 脳では「壊死→吸収→空洞化」という経過をたどり,他臓器の凝固壊死とは対照的.

# Practical Approach

  • 出血性壊死を観察した際には,壊死先行か,出血先行かを推定することが重要である.
    • 脳では出血が一次的(高血圧性血管破裂)か二次的(梗塞後再灌流)かを区別するが,実際は判断が難しいことも少ない.
    • 矛盾しない臨床経過かどうかも併せて推定する.
  • 壊死部の吸収やグリオーシスの程度,ヘモジデリン沈着の分布を総合的に見て,発症からの時間経過を推定する.
  • 出血性壊死は単なる「血が混じった壊死」ではなく,血流動態の変化と修復過程が同時に見える現象である.

2025年12月22日月曜日

虚血性壊死@病態基礎

 # Introduction

  • 虚血性壊死 ischemic necrosis は,循環障害により組織への酸素と栄養の供給が途絶し,細胞が不可逆的に死に至る過程を指す.
  • 閉塞性動脈硬化や血栓・塞栓などによる血流遮断によって,エネルギー代謝の停止と膜構造の崩壊をきたす.
    • 心筋梗塞はその典型例であり,虚血性細胞障害が時間依存的に不可逆化していく過程を示す.
  • 可逆的障害では ATP 再合成によって回復可能だが,虚血が 20 - 30 分以上持続すると細胞死が不可避となり,凝固壊死として形態化する.
    • 心肺蘇生は大体 30 分くらいで戻らなければ中止をすることが多い

# Body

虚血性壊死の発生と進行は,時間・部位・循環代替の有無により大きく異なる.

## 機序

  • 虚血により酸化的リン酸化が停止し,ATP 産生が枯渇する.
  • これにより Na+/K+ ポンプが失調し,細胞内 Na+・Ca2+ の蓄積と水の流入が起こる.
  • 続いて乳酸産生による pH 低下,リソソーム酵素の活性化,細胞骨格の崩壊が進行し,最終的に細胞膜の不可逆的損傷に至る.

## 形態学的変化(心筋梗塞を例に)

  • 0 - 6 時間:光顕的変化は乏しい.電子顕微鏡レベルでミトコンドリア膨化やクロマチン凝集を認める.
  • 6 - 24 時間:好酸性化した細胞質,核の凝縮・消失(核濃縮 → 核崩壊 → 核融解)が出現.好中球浸潤が始まる.
  • 1 - 3 日:凝固壊死が明瞭となり,好中球が壊死組織を取り囲む.
  • 3 - 7 日:マクロファージが壊死組織を除去し,肉芽組織形成が開始.
  • 1 - 2 週間以降:線維芽細胞の増生と膠原線維沈着が進み,線維性瘢痕として修復される.
    • 線維性瘢痕となったら,それ以降は形態的に変化しない
  • 時間経過とともに「壊死 → 炎症 → 修復」の一連の過程が明瞭に区別できる.

## 形態学的特徴

  • 凝固壊死では,細胞構築が一時的に保持されたまま蛋白が変性し,好酸性に染まる.
  • 心筋では核が消失し,横紋が不明瞭化するが,全体の輪郭は残存する.
  • これが壊死組織の影 ghost appearance である.

# Practical Approach

  • 虚血性壊死は単なる細胞死ではなく,循環障害という系統的破綻が形として現れたものである.
  • 病理診断では壊死の広がりを見るだけでなく,それがどのように始まり,終息したかを読み解く姿勢が求められる.
  • 心筋梗塞を病理学的に評価する際は,虚血の持続時間と再灌流の有無を念頭に置く.
  • 急性期の好中球反応と出血性変化は再灌流の指標となる.
    • 壊死巣の境界部では可逆性障害と不可逆性障害が混在しており,「どこまで戻れたか」を読むことが重要である.
  • 光顕的所見に加え,臨床経過(心電図変化やトロポニン上昇)を含めて評価することで,病変の時間経過を重層的に理解できる.

2025年12月13日土曜日

可逆性細胞障害 reversible cell injury@病態基礎

 # Introduction

  • 有害刺激に対して細胞が一時的な機能障害を示すが,刺激の除去により回復可能な段階に対して,可逆性細胞障害と呼ぶ.
  • 主な原因は,低酸素,虚血,化学物質,感染,機械的損傷など,細胞内のエネルギー代謝障害,イオン恒常性の破綻,酸化ストレスが中心的役割を担う.
  • この段階では,細胞膜の構造と核の完全性は保たれており,ATP 供給が再開すれば機能が正常化する.
  • 可逆性障害は,「細胞がまだ戻れる範囲で崩れている」状態であり,その限界を超えたときに不可逆性変化(壊死やアポトーシス)へ移行する.

# Body

可逆性細胞障害の形態学的変化は,障害の原因にかかわらずエネルギー代謝障害と膜機能の変化に集約される.

## 細胞腫脹 hydropic change

  • 最も一般的な所見で,イオンポンプ機能の低下により細胞内 Na と水が増加する.
  • 細胞質は淡明化し,微細空胞状の変化 vacuolar degeneration として観察される.
  • 肝臓や腎臓などで特に顕著であり,可逆性障害の典型像とされる.

## 脂肪変性 fatty change

  • 主に肝細胞や心筋など脂質代謝の活発な臓器でみられる.
  • ミトコンドリア障害や酸化的リン酸化の低下により脂肪酸の β 酸化が抑制され,細胞質内に中性脂肪が蓄積する.
  • 小脂肪滴の集積から大滴性脂肪変性まで多彩な像を呈し,慢性の低酸素状態やアルコール性肝障害でしばしば観察される.

## 細胞膜・小器官の変化

  • 形態学的には微絨毛の短縮や脱落,ミトコンドリアの軽度膨化,粗面小胞体の拡張などがみられる.
  • いずれも膜透過性とエネルギー生成の低下を反映しており,ATP が再供給されれば構造と機能は回復しうる.

## 生化学的変化

  • 初期には乳酸産生の増加,細胞内 pH の低下,Ca2+ の流入がみられるが,この段階では細胞骨格と核構造は保持される.
  • これらの変化は顕微鏡的には捉えにくいが,臨床検査値の変動(逸脱酵素の上昇など)として先行的に現れる.

# Practical Approach

  • 可逆性障害は「戻れる病理」であり,病変の時間軸を読むための重要な指標となる.
    • 可逆性から不可逆性に変わるポイントとして,ミトコンドリア機能不全の回復不能及び細胞膜(およびリソソーム膜)の構造的破綻が重要である.
    • しかし,これらの現象を形態的に同定することは難しい
  • 細胞腫脹や脂肪変性を観察したときには,その変化が急性か慢性か,そして原因が虚血性か代謝性かを考慮する.
  • 可逆性障害の広がりや分布は,障害の初期段階や回復可能性を示唆する.
  • 病理診断では厳密な推定は難しいが,「どの時点が細胞の限界か」考えながら診断を進めていくことが重要である.

化生 metaplasia@病態基礎

 # Introduction

  • ある分化成熟した細胞が,環境により異なる分化方向の細胞へと置き換わる可逆的変化を化生という.
  • 組織幹細胞が異なる遺伝子発現プログラムを選択して分化する結果として生じる.
    • 新しく別の細胞が異常な方向へ変化するのではない.
  • 本来,環境変化に対して組織が防御的に適応しようとする反応で,もとの機能を失う代わりに生存性を高める代償的戦略である.
  • 刺激が長期に持続すると異形成を経て腫瘍化へ至る場合がある.

# Body

発生の背景により,主として上皮性化生と間葉性化生に分類される.

## 上皮性化生

  • 慢性刺激により,上皮がより耐性のある型へ置き換わる.
  • 代表例は,喫煙や慢性気管支炎に伴う気道上皮の扁平上皮化生,胃食道逆流によるBarrett 食道(円柱上皮化生),慢性膀胱炎における扁平上皮化生などである.
  • いずれも本来の機能(線毛運動や分泌機能など)は失われるが,物理的・化学的刺激への抵抗性が得られる.
  • 持続刺激下では DNA 損傷の蓄積や分化制御異常により異形成 → 癌化が進行しうる.

## 間葉性化生

  • 線維芽細胞などの間葉系細胞が骨・軟骨・脂肪などに分化する現象で,骨化性筋炎や慢性炎症巣での軟骨形成などが例である.
  • この変化も可逆的だが,刺激が持続すると組織構築が恒久的に変化する場合がある.

## 形態学的特徴

  • 上皮化生では,細胞の極性変化と細胞質性状の変化(粘液性 → 好酸性など)が主体である.
  • 異型が目立たない範囲では単なる化生と判断されるが,異型の出現や層構造の乱れがみられる場合は異形成との鑑別が必要である.
    • 細胞診(特に子宮頸部細胞診)では,化生細胞に異型的な変化が見られた場合,異型化生 atypical metaplasia という用語を当てる.

# Practical Approach

  • 化生を認識した際には,まずその刺激源と方向性(どの細胞型からどの細胞型へか)を推定する.
  • 上皮性化生では,環境刺激の持続時間と再生の繰り返しが鍵であり,これが腫瘍化リスクの判断に直結する.
  • Barrett 食道や胆管上皮の化生などでは,背景炎症の持続・酸化ストレス・再生促進因子の関与を考慮する.
  • 病理診断では,化生「刺激に対する組織の再プログラミング」に対する機能の変化であり,機能変化が形態に反映されていると考える.

過形成 hyperplasia@病態基礎

# Introduction

  • 過形成は,組織や臓器を構成する細胞数の増加によって容量が拡大する現象である.
  • 主として細胞分裂能をもつ組織に生じる可逆的な適応反応を指す.
  • 生理的条件下ではホルモンや成長因子による刺激により起こり,機能需要に応じた組織量の調整として働く.
  • 一方で,慢性的な刺激や異常なシグナル伝達によって生じる病的過形成は,しばしば腫瘍発生の前段階とみなされる.
  • 過形成は「増える」ことそのものではなく,増える必要があったという環境の記録として理解されるべきである.

# Body

過形成は発生の背景と制御機構により,生理的過形成と病的過形成に大別される.

## 生理的過形成

  • ホルモン性刺激や組織修復の過程でみられる.
  • 代表的な例は,乳腺の妊娠・授乳期における腺上皮の増生や,肝臓切除後の再生性過形成である.
  • この過形成は刺激が消失すれば可逆的で,組織構築は正常範囲内に保たれる.

## 病的過形成

  • 慢性的なホルモン過剰(例:子宮内膜過形成,副腎皮質過形成)や,慢性炎症・感染による刺激(例:HPV 感染による上皮過形成)により生じる.
  • 制御機構が部分的に破綻しており,持続的刺激が腫瘍化の温床となる.
  • 特に上皮系組織では,過形成と異形成の境界が診断上の重要点である(が,しばしば難しい).

## 形態学的特徴

  • 細胞数の増加による上皮層の肥厚や腺構造の拡張が主体である.
  • 核異型や細胞極性の乱れを伴わない点が腫瘍との鑑別に重要である.
  • 長期化した過形成では間質反応や線維化を伴い,慢性刺激の存在を示唆する.

# Practical Approach

  • 過形成を観察したとき,まずその刺激の性質と持続性を推定する.
    • 細胞が増えるにはそれなりの理由があるはずである.
    • ホルモン性,機械的,炎症性など背景によって意義が大きく異なる.
  • 病的過形成では,異型の有無・分布・層構造の保持を評価し,腫瘍性変化との連続性を考慮する.
  • 「単なる過形成」で終わらせず,その過形成が何を代償し,そして何を誘発しようとしているのかを読む.
    • 過形成は,組織が刺激に対してまだ“秩序を保って増えている”段階を示すものであり,腫瘍との違いは「制御が残っているかどうか」にある.

2025年12月10日水曜日

肥大 hypertrophy@病態基礎

 # Introduction

  • 肥大は,細胞の数は変わらず,個々の細胞がサイズアップすることで臓器全体の容量が増す適応反応である.
    • 細胞の数が変わらないところが極めて重要なポイントである.
  • 生理的刺激(例:ホルモン作用,運動負荷)または病的刺激(例:圧負荷,代償性負担)により,細胞は蛋白合成を亢進させ,機能単位を拡大する.
  • 分裂能をもたない細胞(心筋,骨格筋,神経など)において,肥大は量的増加の唯一の適応手段である.
  • その反応は可逆的であることも多いが,過剰または持続すると代償が破綻し,機能不全や細胞死へ移行する.
  • 細胞数が増加する過形成と細胞数が原則的に不変である肥大とは対となる概念である.
    • ただ,概念的に区別するだけで,実際には混同して使用することが多い.

# Body

肥大は生理的な適応反応から病的代償まで幅広くみられ,背景となる刺激の性質と強度がその形態を決定する.

## 生理的肥大

  • 内分泌刺激や生理的負荷に対する反応である.
  • 妊娠時の子宮平滑筋や運動負荷後の骨格筋などが典型例で,刺激の除去により可逆的に縮小する.
  • 細胞レベルでは合成酵素活性が亢進し,筋原線維や細胞内小器官の増加がみられる.

## 病的肥大

  • 慢性的な負荷や病的刺激に対する代償性変化である.
  • 代表的なのは高血圧や弁疾患に伴う心筋肥大であり,初期には心拍出を維持するが,
  • 持続負荷により心筋細胞の拡大と線維化が進行し,拡張不全・心不全に至る.

## 分子機構

  • 肥大では mTOR 経路や MAPK 経路が活性化し,蛋白合成が促進される.
  • 同時に機械的刺激が核内転写因子を誘導し,構造蛋白の過剰発現を伴う.
  • この代謝亢進は一時的な適応であり,長期的にはエネルギー需給の不均衡をもたらす.

## 形態学的特徴

  • 細胞体積の増大,核の肥大・濃染化,細胞質の好酸性増強がみられる.
  • 心筋肥大では核が長楕円形に伸長し,しばしば核分裂像を伴わずに細胞質が拡張する.
  • 過形成との違いについて,実際にはこの文脈依存で肥大あるいは過形成と判断しており,実際の診断では細胞数を比較することはない.
    • 例えば心筋は肥大であって過形成はしないし,前立腺は肥大とはいうが実際は過形成を見ている.

# Practical Approach

  • 肥大は負荷に対する細胞の積極的応答であり,単なる増大ではなく機能維持のための再設計と理解する.
  • 肥大が観察された際には,その刺激が一時的か持続的かを見極めることが重要である.
    • 心筋や骨格筋などでは,肥大の分布・程度が負荷の局在や慢性度の指標となる.
  • 一方で過剰な肥大は,代謝的限界の結果として壊死や線維化を誘導するため,適応と破綻の境界を読む所見として位置づけられる.


萎縮 atrophy@病態基礎

# Introduction

  • 萎縮は,細胞や組織が機能を維持するために構造を縮小させる適応反応あるいは再調整の過程といえる.
  • 刺激の低下,血流障害,栄養不足,内分泌の変化など,持続的な環境負荷(変化)が加わると,細胞は合成よりも分解を優位にし,容積を減少させる
    • 具体的には,細胞数または細胞の大きさの減少を特徴とし,肉眼的には臓器全体の容積縮小として観察される.
  • この過程は死ではなく生存のための節約であるが,この適応が限界を超えると,代謝は停止し,細胞死(壊死)へと移行する.

# Body

萎縮にはいくつかの機序があり,いずれもその背景には「萎縮が起こる理由」という文脈が存在する.

## 生理的萎縮

  • 発達や加齢に伴い生理的に生じるもので,胸腺や卵巣,骨格筋などにみられる.
  • 必要な機能を終えた臓器は代謝を抑え,構造を簡素化する.
  • 細胞の生存は保たれるが,機能は縮小する.

## 廃用萎縮

  • 長期間の不使用による代謝低下に起因する.
  • 固定肢の骨格筋や義歯欠損部の歯槽骨などが典型例である.
  • 刺激の欠如が,構造維持に必要な信号を断つ.

## 血流・栄養障害による萎縮

  • 動脈硬化や圧迫による血流低下により,細胞は慢性的な飢餓状態に陥る.
  • エネルギー需要に供給が追いつかず,リソソーム活性化や自己融解が進行する.
  • 結果として臓器は均質に小型化し,被膜下線維化を伴うことが多い.

## 内分泌性・神経性萎縮

  • 内分泌刺激の低下(例:副腎皮質の ACTH 欠乏)や神経支配の消失(例:神経損傷後の骨格筋萎縮)により生じる.
  • 依存関係が絶たれると,細胞は維持よりも安定化を優先する.

## 形態学的特徴

  • 細胞体積の減少,核の濃縮,細胞質の好酸性化,脂肪沈着,間質の相対的増加,消耗色素としてリポフスチン沈着などがみられる.
  • 電子顕微鏡的には,リソソームの増加やオートファジー小体の形成が特徴的である.
    • オートファジーは生存戦略のための自己貪食である.
  • これらの変化を観察した際には,なぜ萎縮が生じたのかという背景に目を向けることが重要である.

# Practical Approach

  • 萎縮は,特定の疾患というよりも多くの病態に付随してみられる背景変化である.
  • 萎縮の認識そのものも重要だが,なぜ萎縮しているのかを考察することで,病変の持続期間,原因,予後を推定する手がかりとなる.
  • つまり萎縮は,「結果」として観察される形態であると同時に,「過程」を示唆する時間的な指標である.


2025年11月11日火曜日

2025 年度病理専門医試験の総括(疾患当てクイズ編及び病理解剖)

 はじめに

  • どどたんせんせは毎年病理専門医試験で公開された問題を集計して,病理専門医試験の傾向を分析しています.

  • 今年も,公開された問題及び過去のデータベースからいくつか抽出して考察をしてみます.

合格率及び全体の傾向

  • 今年の合格率は 80.2% であった.2020 年は 93% というかなり高い合格率であったことや医師国家試験の合格率を考慮すると,やや渋い.

    • 落とすべき人をきちんと落としている試験といえる.

  • すでに定着した新傾向の問題とさらに新しい傾向の問題と合わせると,今後数年で出題内容が様変わりするポテンシャルを感じる.

  • 今回の出題内容(I, II 型問題の疾患クイズ)からは 74% の疾患は過去 20 年に少なくとも 1 回は出題されていた.

    • 既出問題割合は徐々に低下しているが,60% は確実に超えている

  • ここの出題では新しい傾向やごく少数の難問を見るが,全体的に安定した,良質の問題からなっている.

I, II 型問題(○?問題を除く)最近の平均点の傾向

  • 平均点は過去 25 年間をたどると多少変動があるものの,おおむね 3.3 - 3.8 点程度を推移している.
  • 直近でいうと,少しずつ平均点及び中央値は低下傾向だが,今年はやや上昇した.

  • 2021 3.58

  • 2022 3.73

  • 2023 3.57

  • 2024 3.51

  • 2025 3.59

I, II 型問題と合格率との関係

  • 昔は III 型問題(剖検問題)が合格できるかを左右すると言われていた.

    • III 型問題の点数は面接点との合計点で,基本的に面接は拾うためのものなので,今回の解析からは除外している.

  • 以下のデータは試験年度ごとの I, II 型問題(○?問題を除く)の平均点の合計と合格率を提示した表である.

  • ピアソンの相関係数 r = 0.31 で p = 0.132 で,弱い相関は示唆されるが,統計学的に有意とは言い難い.

  • つまり,合格するかについては従来通り III 型問題の解答が重要と考えられるが,III 型問題は面接と合わせた点数計算であり,面接で挽回する前提で試験問題の解答や受験設計をする必要がある.



試験年度 平均点の合計 合格率

  • 2020 341 93.4

  • 2011 337.76 88

  • 2003 350.4 87.3

  • 2005 338.63 86.7

  • 2016 321.82 86

  • 2002 300.9 85.1

  • 2004 308.99 84.7

  • 2023 321.46 84.1

  • 2021 322.17 83.8

  • 2024 315.59 83.3

  • 2017 331.4 82.6

  • 2014 313.64 82.2

  • 2018 300.21 82

  • 2001 279.89 81.3

  • 2012 349.72 80.9

  • 2022 335.81 80.2

  • 2025 323.34 80.2

  • 2019 343.77 80

  • 2013 290.26 80

  • 2009 286.86 80

  • 2015 315.95 78.2

  • 2010 322.71 76.5

  • 2006 313.05 75.4

  • 2007 311.33 75

  • 2008 323.58 73.3

I, II 型問題で正答率の高かった問題

  • 胃 Anisakis infection

  • 十二指腸 Adenoma, intestinal type

  • 血管 Cystic medial necrosis

  • 顎骨 Osteomyelitis

  • 食道 Carcinosarcoma

  • 膵臓 Solid pseudopapillary neoplasm

  • リンパ節 Lymphoblastic leukemia/lymphoma

  • 胃 Gastric carcinoma with lymphoid stroma

  • 膀胱 Urachal carcinoma

  • 結腸・直腸 Peutz-Jeghers polyp

  • 外陰部 Condyloma acuminatum

  • 腎臓 Chromophobe renal cell carcinoma

  • 乳腺 Paget disease

  • 皮膚 Glomus tumor

  • 副腎 Myelolipoma

  • 食道 Herpes virus infection

  • 4.5 点以上の得点の問題を取得した問題を提示している.

  • これらのうち,胃のアニサキスと十二指腸の腺腫以外は以外は全て過去に出題されている問題である.

  • そして,多くは過去数年で出題されている.

  • いずれの疾患も総合病院であれば一度は見ていてもおかしくはない症例であるし,病理診断クイックリファレンスなどの定番受験対策本でも頻出する疾患である.

  • このように,病理専門医試験では同じ問題が繰り返し出される.

  • 去年と繰り返しになるが,多くの人が取れる問題で取りこぼさないためにも過去問のレビューは必要である.

  • この試験は言わずもがな,多くの人が「試験対策」を行っている現状での得点率であり,8-9 割程度の得点を取れる人でなければ試験対策は必須と言える.

I, II 型問題で正答率の低かった問題

その中で平均点が 2.0 を切った疾患は以下の通りである.

  • 骨髄 Lymphoplasmacytic lymphoma

  • 虫垂 Acute appendicitis + carcinoid tumor

  • 皮膚 Necrobiosis lipoidica

  • これらの疾患はいずれも過去 25 年間で出題されていなかった.

  • 今年は正答率が特に低い問題は少なかった.

  • Lymphoplasmacytic lymphoma は MYD88 L265P などが想定されるが,MALT リンパ腫との鑑別はかなり難しいか.

  • 虫垂炎を見たときには,虫垂炎以外の疾患,例えばカルチノイドや goblet cell adenocarcinoma などがないかを慎重に探すべきというのは,難しく感じるかもしれないが,かなり実際の診断に即した出題と言える.

  • Necrobiosis lipoidica は特徴的だが,ぱっとみて診断するのはかなり厳しいだろう.

今回新規に出題された問題

  • 骨髄 Lymphoplasmacytic lymphoma

  • 唾液腺 NOS Adenocarcinoma

  • 唾液腺 NOS Carcinoma ex pleomorphic adenoma

  • 後腹膜 Dedifferentiated liposarcoma

  • 口腔 Adenomatoid odontogenic tumor

  • 卵巣 Benign Brenner tumor + Mucinous cystadenoma

  • 十二指腸 Adenoma, intestinal type

  • 腹水 Squamous cell carcinoma

  • 軟部 Mesenchymal chondrosarcoma

  • 虫垂 Acute appendicitis + carcinoid tumor

  • 肺 Interstitial pneumonia + invasive mucinous adenocarcinoma

  • 肺 Fibrotic NSIP

  • 心臓 Acute myocarditis

  • 皮膚 Necrobiosis lipoidica

  • 肝臓 Bile duct hamartoma

  • 膣 Trichomonas infection

  • 皮膚 Graft versus host disease

  • 軟部 Traumatic neuroma

  • 骨髄 Colloid degeneration

  • 胃 Anisakis infection

  • 後腹膜 Adrenal remnants

  • 精巣 Pyogenic epididymitis

  • 新規出題疾患をまとめてみた.明らかに非腫瘍性病変や,病的意義があまりはっきりしない背景病変の出題が目立っている.

  • 後腹膜の adrenal remnant などはある程度丁寧に見ている病理部ではそこそこの頻度で遭遇しうる.

  • アニサキスが今まで出題されてことがなかったことが意外ではあるが,国家試験レベルで有名な疾患なのでおそらく多くの人が回答できたであろう.

  • 毎年繰り返しになるが,ルーチンの病理診断を担当していればおそらく一度は遭遇する有名な疾患ばかりだが,研究主体でやっている人が試験対策として勉強するには範囲が広くてきついかもしれない.

III 型(病理解剖)問題は合せ技の出題

  • 今年の病理解剖の問題は,肺癌(小細胞癌)+急性心筋梗塞+びまん性肺胞傷害の,いわば合せ技のような出題であった.

  • おそらくだが,肺癌 → 凝固能異常 and DAD → 急性心筋梗塞 and 種々の臓器の虚血 というストーリーで良さそうに思われる.

  • 昔と違って一人の患者に複数の病態が存在するような解剖例は少なからずあるので時代を反映した問題

  • 答え自体は割れそうだが,病態をきちんと考察しがいのある(ここを考察せよ!という指示がわかりやすい)問題で,解答はしやすかったと推測される.

  • 特に,複数の主要な病態が相互にどのように関連するかは究極的には誰にもわからないので,病態生理学的に適切な解答をしている限り正解になるし,模範解答と異なっていたとしても大幅な減点にはなり得ない.

  • 公式のコメントにもあったのだが,試験対策として,病理解剖のリード文に記載のあるフレーズは基本的に絶対と考えたほうが良い.

    • 例えば,血液培養で陰性とあったら細菌感染はない,脾臓重量が正常であれば脾腫はない,などである.

    • 実臨床では全く当てはまらないが,その試験特有の考え方を理解していないと,ドツボにはまってしまう.

    • 出題側に立ってみるとわかるが,そうしないと出題に批判が来る可能性がある

フローチャートの課題

  • 繰り返し強調しているが,病理専門医試験の出題委員は試験の専門家ではないし,どうやら病理専門医試験自体は統括されていない.

  • それは特に病理解剖問題の出題や模範解答に年ごとのばらつきが強いところに見られる.

  • 今年の問題で言うと,フローチャートにサイトメガロウイルス感染症がいきなり登場しているが,昔であれば,例えばその前提として腫瘍の多臓器転移による悪液質みたいなものを記載しても良さそうに思う.

  • 病理解剖の主病変・副病変,及びフローチャートについては何をどのように書くべきかについてはきちんとした公式の定義自体は存在していない.

  • 病理剖検輯報の記載方法が唯一のルールであるが,これも網羅的とは言い難い.この問題については何年も前から様々な人が声を上げているが多分解決されないだろう(病理解剖に本質的な意味での再現性や客観性を求めると,病理解剖自体が成立しなくなるか,非常に限定的な意味合いしかもたなくなってしまうので).

  • というように,フローチャートに対して批判的なコメントを書いているが,受験者の思考過程を見るには非常に有用であるため,今後も求められるだろう.

今後の対策

  • 今回の分析では過去問を完璧にすることで 74% の問題は正答を得られる可能性があることが分かった.

    • 残念ながらこの比率は今年は少なくとも低下していたし,今後も低下する可能性がある.

  • 最近新規に出題されている問題の傾向として,次のような特徴が挙げられる.

    • 疾患に関連した遺伝子異常を答える問題

    • 正常構造や良性疾患等

    • 切り出しや迅速診断

    • 分子病理専門医の橋渡しとなるような問題

  • そして,単に疾患名を答えるだけではなく,遺伝子異常を含めた病態をきちんと理解しているかを問うような傾向にある.

  • つまり,腫瘍であれば,遺伝子異常を含めた統合的な診断を,非腫瘍であれば,診断報告書には記載されにくい正常構造や遺残物などが出題対象となる

  • 当座は,疾患当クイズ (I+II 型) については現行の過去問やクイックレファレンスなどの勉強方法で十分である.

  • ただ,今後は上記を踏まえて,疾患の特徴的な遺伝子異常にも配慮した学習が絶対的に必要となるであろう.

  • また,正常構造を問う傾向は今後も続くと思われ「病理と臨床 2017年臨時増刊号 病理診断に直結した組織学」などで知識の補強を行うことが望まれる.

  • I 型の○?問題については,過去問+αで新しい問題が出題されている.法律関係や保険診療関係は学習をしようとしても幅が広くなるかつルールが変更されるので,過去問をカバーする程度にしたほうがコストパフォーマンスの観点からは必要十分である.

  • 病理解剖問題はさすがにリード文だけでは確定ができない出題になっている(本来そうあるべき!)が,おそらくスライド自体は典型的で専門医受験クラスであれば余裕で認識できるレベルと思われる.

  • 病理専門医試験の中で,臨床的な知識と経験が要求される問題であるため,日頃から臨床病理相関をつける癖をつける必要がある.

  • もし内科的知識が足りないという自覚があるのであれば,シンプル内科学や国試対策の内科学のあんちょこテキストレベルでもよいので,網羅的な内科の教科書を通読することをおすすめする.


15 年目の悲劇

# 卒後は 17 年目,病理は 15 年目 自分は 2009 年に大学を卒業しているので,2026 年 4/1 現在だと,卒後 17 年目になる.卒後 15 年目のとか,20 年目の,みたいなタイトルの本を見るが,その節目を超えてさらなる大台に突入してしまった感じはある. 初期研...