2022年4月4日月曜日

病理診断をしている時に考えていること

# ちょっと面白そうな話題

病理診断をしている時に何を考えているのか,その思考回路を明らかにするのは意外と難しいのと,恐らくどこかで似たような話題について触れた気もする.しかし大切なことではあるので少し書き連ねてみよう.

https://twitter.com/ddtns/status/1510104439318716425

この投稿の内容をまとめ直して brush up させたものである.

# 病理診断も臨床診断も基本的なところは変わらない

診断学という本を参照してもらえると分かるが,基本的には検査前確率(≒有病率)があって,そこに種々の検査を行っていく過程でその疾患に対して陽性(=診断確定)か陰性(診断の除外)を行っていく.その検査の感度・特異度により陽性的中率,陰性的中率が計算され,当該検査を行うことで検査後確率がどの様に変化するかを見ていくことになる.

病理診断もおおむね同じで,いくつかの鑑別診断を考えたらあとはそれぞれの疾患に対して肯定あるいは否定するような所見を丁寧に集めていき最終的に病理学的診断を決定する.診断によっては(例えば神経内分泌腫瘍のグレーディング)かなり厳密に決まっているものもあれば,腺癌や扁平上皮癌等厳密には決まっていないものもある.

異なることとしては,臨床推論のように身体診察や検査の感度特異度がまだ完全には整備されていないため,個々人の感覚や経験に依存しているところがある(これも時代が進めば整備されてくるのでは?と思っている).

# 病理学的所見と免疫染色や FISH, PCR が病理で言う検査に相当する

臨床診断(臨床推論)を進めていく上で病歴聴取,診察や検査を適宜行うわけだが,病歴聴取や診察に相当するものがだいたい肉眼所見だったり組織学的所見だったりする.多くはそれで診断がつき,さらに追加で「検査」を行いたいときには,我々でいう特殊染色や免疫染色,FISH, PCR+NGS? などが該当する.検査まで行くと全般的に特異性が高くなるが,範囲が狭まるので陰性だった時に検査後確率の変動が乏しい.

言い換えると,肉眼所見や HE 染色での観察が不十分だと免疫染色を下手に出しても陰性ばかり(あるいは retained)で結局診断には結びつかないよ,ということである.耳が痛い読者も少なからずいるのでは?

# 病理学的所見は比較的ゆるく考えている

○藤誠先生とか臨床医からたまに言われることとして,

病理診断って気分で診断しているんでしょ?

というのがある. これは最初の項目で述べたように所見自体の感度・特異度,疾患定義が若干不明瞭であることに起因する.どこまでの異型が腺腫でどこからの異型が腺癌とするのかについても大腸腫瘍でよく議論になる.正直なところ,最近では一致率の低さから議論にすらならないが.最近の診断基準ではこのような気分や知識,経験の揺れに起因する診断の不一致を防ぐような診断基準が採用されてきており,実際は問題なくなってきている.例えば子宮頸部の carcinoma in situ と severe dysplasia は昔から人によって診断が異なっていたが,今では CIN3 として区別しなくてもよくなっている.

また同じ様に見えるものでも文脈によって解釈が異なることもある.例えば分厚い膠原線維束は文脈によっては ropey collagen と判断するが,これが真皮内にあればケロイド線維と解釈する.見えているものは膠原線維でその部分のみは同じものなのだが,文脈によって解釈が変わりうる.

# 文脈とは何か?

例えば桃太郎のお話で,桃太郎がスマホを取り出して鬼を倒したところの写真を撮ってみたりおじいさんに報告したり,お宝をメルカリで売ったりしていたらおかしいな?と疑問に思うはずである.桃太郎がいつの時代の話か書いていないが,話の中に鬼がいたり川で洗濯をしたりすることから現代ではないことが容易に推測されスマホやメルカリがあるのは不自然だということになる.

一方同じお話でも,名探偵コナンやこちら葛飾区亀有公園前派出所などは登場人物や彼ら彼女らの行動,風景を変化させることで文脈を変化(進化)させており,携帯電話やパソコンが登場しても違和感がなくなっている.つまり桃太郎のお話も鬼 → 悪徳業者に変え,川で洗濯 → ドラム式洗濯機で洗濯とするとスマホやメルカリが登場する文脈が出来上がる.まぁではどうやって川を流れてくる桃と出会うのかという新しい問題が発生するが.

それはさておき,病理診断のたとえで考えてみる.皮下に付属腺との関係性の乏しい腺癌NOS としか言えないような病変が二か所出てきたとする.そんな稀な病変が二か所も同時に出てくるのはおかしいと気づく.それらを説明できる文脈を探さざるをえないわけで,原発巣二箇所よりも転移の可能性が考慮され,頻度や既往歴を勘案し,乳癌、肺癌、膵癌、前立腺癌などの存在はどうか?と疑うわけである.

# 文脈を読む力

いわゆる病理診断の能力をどう定義づけるかは難しいが,その漠然としたものを認めて話を進めると,何年かやればある程度は標本を読み解く力はついてくる.所見は一応取れているんだけど,診断がどこか変,という先生がたまにいて,そういう先生はその文脈を把握する力というか臨床知識が少ないことが多い.所見は大体合っているのに,その所見を統合した解釈で間違えるという残念な結果になる.

どどたん先生は病理医を志望している初期研修医が病理を回ることに対して比較的否定的である.病理診断の多くはこの分文脈に依存していると考えており,その文脈を身につけらるのは臨床医としての経験が非常に効率的だからである.もちろん単なる経験だけではなく臨床推論の過程自体も病理診断のロジックに類似性がある.病理医の記載する報告書をもとに臨床医が診断や治療を決定するように基本的に向かっている方向性は同じである.そういう意味では初期研修で全てを身につける必要はなくて臨床推論にどっぷり浸かるだけでも文脈を読む力は十分つけられる.

# よくある普通の疾患を丁寧に見ることが大切

文脈というのは文の前後の関係性を指す言葉であり,文脈が適切であれば文章を読んでいても引っかからない.これを病理診断に置き換えると,臨床的に胃癌を疑って生検された検体の病理診断が腺癌だったといった具合になる.このように,日々の診断ではごくごくよくある症例のよくある診断がほとんどで,珍しいものは少ないし珍しくてもそのほとんどは教科書に書いてある.

こういうありふれた普通の疾患や経過のどこが普通なのかを常に疑いながら診断をすることが大切である.なぜか.稀な病変や間違えやすい(間違えた)病変というのは,経験的に振り返ると,どこかで普通と異なる所見や臨床経過を呈していたことが多く,その違いはしばしば軽微である.些細な違いを見出すには普段から普通がどういうものかをある程度明瞭に認識する必要がある.

〇〇さんが髪の毛を 1 cm 切ったことを気づくためには普段から〇〇さんの髪の長さがどれくらいかを認識しておく必要があるのと同じことである.

# また稀なものに飛びつきすぎないこと

文脈を理解できていない先生がよくやる間違いとしては,世界に数例しかない稀な疾患をバンバン診断してしまうことがある.これも本質的には稀なものを見逃すのと同じことであり,そんなものが出てくる文脈ではないということが理解できていれば診断自体に慎重になる.よくある疾患のちょっと変わったバリエーションの可能性はどうか.

もし稀なものだと診断をしようとすると,その文脈を突き破るくらい高い特異性のある所見が必要になる.

# 結局は病理診断は操作的

結局のところ,病理診断は誰がどう書いてもある程度の範疇に収まるようにルールが設計されており,機械的,操作的とも言える.

2022年1月1日土曜日

病理診断を学ぶ 〜 泌尿器

 泌尿器領域の病理診断に関する本は多岐にわたる.個別の本もあるにはあるが,ここでは総論的に全体がまとまっている本を中心に紹介し,和書について個々の臓器の本を参照してみる.たくさん本があるので見たことのあるものを中心にある程度取捨選択をしていることに留意を.

まず WHO bluebook から

WHO Classification of Tumours of the Urinary System and Male Genital Organs (2016)

これは 4th edition の本.恐らく今後数年以内に 5th edition が出版されると思われるので急いでいるあるいは今後泌尿器領域を専門とするのでなければ敢えて購入する必要はない.しかしながら疾患分類の基本の本と言える.

Urologic Surgical Pathology (2019)

泌尿器領域における中心的なテキスト(乳腺でいう Rosen, 軟部でいう Enzinger etc 的な位置付け).ちなみにどうでもよいが,泌尿器領域の病理診断の本を検索するときには uropathology あるいは genitourinary pathology というキーワードで検索をするとある程度網羅的である.

泌尿器病理診断アトラス: 臨床と病理の対話で学ぶ (2021)

検索をしているとこういう本も見つかった.まだ読んでいないが,都築豊徳先生は泌尿器病理では世界的に有名で恐らく間違いはないのだろう.

Uropathology: A Volume in the High Yield Pathology Series (2012)

だいぶ古い本で正直購入はおすすめしないが,かつて自分が愛用していた本で今でもたまに見る.High Yield Pathology Series は箇条書きでとても参照しやすい.皮膚と合わせて愛用している.


腎生検についても言及をしないわけにはいかないのだが,腎生検自体は不得手.腎病理の先生たちがよく使っている,あるいは読みやすそうな本を数冊挙げる.

Diagnostic Pathology: Kidney Diseases (2019)

Colvin の本として有名.箇条書きで読みやすく,情報量が多いとのこと.

Heptinstall's Pathology of the Kidney (2014)

いわゆる大御所的な本.そろそろ改訂が望まれる.

腎生検病理診断取扱い規約 (2019)

日本腎病理協会が腎生検病理アトラス改訂版を出しているのに,なぜここで規約を発行する必要があるのかという本質的な問いはさておき,簡潔にまとまっており,参照するのには便利.

ジョーシキ!腎病理診断エッセンシャル (2020)

腎病理のみかたについて,基本的なところから丁寧に解説されている.きちんとやるならとても良い本.

腎生検診断Navi (2016)

腎生検を始めた人あるいは腎生検なんぞ見る必要がないという人向け.人間に理解可能な言葉で記載されている.


病理診断を学ぶ 〜 心血管

循環器に関する本は正直ほとんどないし,そもそも提出される検体のバリエーションも少ない. 提出される検体のほとんどが非腫瘍性疾患と思われる.

正直個人持ちする必要はないと思っているが,どのような本があるのかを知っておいても良い.

循環器診療に活かす 心臓血管解剖学 (2016)

循環器病理について情報を求めるときの多くは病理解剖のときだと思われる.結局の所心臓の解剖がわかっていないと,先へは進めない.結局こういう本が必要だったということになる.

Practical Cardiovascular Pathology (2021)

この 2021 年の本は見ていなくて,前の版の本を愛用していた.アミロイドーシスや心筋梗塞など知りたいような内容がだいたい記載されており,非常に有用である.

Cardiovascular Pathology (2022)

この本の前の版を使っていたが,正直とても使いやすい!というものでもない.厚みがあって情報量は多いし,比較的定期的にアップデートされている.


昔の本として心血管病理アトラスなどがあったが,古すぎるので省略した.

2021年11月8日月曜日

診断チェックのポイント

# 診断のチェックとは

診断のチェックには

  • 診断内容の質的チェック
  • 体裁(誤字脱字,内容相互の矛盾)に関するチェック
があり,セカンドとして診断医がチェックする場合は両者を確認している一方で,検査センター等で事務あるいは臨床検査技師がチェックする場合はほぼもっぱら後者になる.

ここでは,後者の内容を中心に,どどたん先生がどういう点に着目して診断内容をチェックしているか簡単に紹介してみようと思う.

# 診断文面の構成

これから話をすることは,腫瘍の手術材料を想定している.

病理診断報告には一般的な病理診断報告は次のような項目が含まれている.

・組織型
・腫瘍の局所的な浸潤 → Ly, V, Pn/neu, INF, int/med/sci
・腫瘍の広がり → pT
・切除断端:VM, HM, PM, DM, ow, aw
・背景病変や付属で切除された検体 → pN, pM

各項目ごとに見てみよう.その前に重要なこと.

その診断がその患者さんのものかどうかを確認すること.この手の間違いは極めてクリティカルである.

# 組織型
 
表記のチェックをするときに組織型の齟齬を指摘するのは難しい.報告書のみをみているだけだと間違いを指摘するのは不可能であり,結局書いてあることをそのまま是認するしかないというのが実際である.

するとせいぜい確認できるのは診断欄に記載している組織型と所見欄に記載している組織型が同一のものかを確認するくらいだが,一つだけ重要なポイントがある.

臨床診断と病理学的診断で良悪性がずれていないか.

良悪性の不一致は特段問題はないのだが,明らかに臨床的に良性を謳っている病変で,悪性と返している場合,そしてその逆は診断のチェックに回したほうが無難なことが多い.

# 腫瘍の局所的な浸潤

局所的な浸潤の記載は,脈管,神経侵襲であったり,間質量,浸潤様式に直結する.とはいえ,このような局所の浸潤は最終的なステージの記載には影響しないことがほとんどである.

ただし,脈管侵襲や浸潤様式がステージに影響すると判明しているのは自分の知っている限りでは次の通り.

・消化管 ESD 検体での浸潤癌
・精巣腫瘍
・膀胱 TUR (?)

文面のチェックだけではこれらが適切に評価できているかは不明であるが,消化管 ESD や精巣腫瘍については Elastica 染色や D2-40 染色などで脈管侵襲を見つけ出す努力がなされていてほしい(これは施設の方針にもよるが...).

# 腫瘍の広がり

これはほぼそのまま pT 分類に直結する.詳細は UICC や規約を参照せねばならず,ここで一言で言うのは難しい.pT 分類を理解するために参考となるような考え方を列挙する.

消化管を除く,多くの臓器の T 分類は 1-2 は腫瘍の大きさで規定されており,3-4 になってくると,その臓器特異的な,メルクマールとなるような構造物への浸潤を flag としている.例えば肺であれば胸膜を突き破るか,前立腺であれば精嚢へ浸潤するか,など.UICC の T 分類を眺めると,腫瘍がいかにして進展していくのか,その様が垣間見える.

甲状腺は例外的で年齢に寄り Stage が異なる.規約によってその cut off の年齢が微妙に異なっているから注意が必要.

# 切除断端

ある程度一人でサインアウトができるような病理医は切除断端がわからないということは恐らくないが,漏れる可能性がある.

# 背景病変・リンパ節

きちんとした?報告書であれば背景病変に関する記載が充実している方がよいが,まぁなくても良い.

リンパ節転移については,領域リンパ節意外は遠隔転移になるので,一応リンパ節は規約を見て確認しないといけない.


書いていてあまりパッとしない文章だが,今後 rewrite することを考えてとりあえず公開しておく.

2021年9月26日日曜日

病理診断における戦略的なもの その 2

 # わからないから始めるときは頻度の高いものから順に

これは自分が決めている,いわゆるマイルール的なもので,全くわからない場合は頻度の高いもの(及びそのバリエーション)から順に検討することにしている.一応病理専門医であり「全くわかりませんでした,手の出しようがありません」が許されるのはレジデントや学生までである.結果的にわからなくても常にその場でできる最善を尽くして少しでも前に進み,華々しく散る.散り方もプロでなくてはならない.

胃癌,膵癌は病理組織学的には確定は難しく,すると確定が可能で年齢的にも起こっても良さそうな肺癌,膀胱癌,婦人科癌あたりを攻めることになる.もちろん,Alcian blue や PAS 染色などで粘液を検出する努力は怠らない.すると大体 10 種類くらいの免疫染色はせざるを得ない.

もしこれでだめなら,cytokeratin を出しながら,本当に癌でよいかの再検討と epithelioid な形態を示す軟部腫瘍,組織球系腫瘍について検討を行う.リンパ腫ではないことを最終的に否定した上で poorly differentiated carcinoma や undifferentiated sarcoma などで締めくくるが,その前に多くの症例が引っかかってくる.

ちなみにこの症例についてカルテは見ようとは余り思わなかった.もちろん普段は診断のヒントを求めてカルテや画像をよく見るのだが,原発不明癌の場合は臨床医も結構よく見ているので我々病理医が探して新しい情報が得られることは少ない,という経験による.

# ストーリーを思い描けること,わからない時でも動けること

わからない時でも動くというのは BLS, ACLS のトレーニングに近い.わからない時にやるべきことはパターンごとには同じようなことが多くて,でもパターンがそこそこ多いのであまり言語化して一般的に語られることは少ない.

病気を覚え,理解するので精一杯なレジデントに対して多くを要求するのは酷であるが,ある程度学習の一段落がついたら,ストーリーを意識しながら免疫染色を出してみると良い.もしこの染色が陽性だったら,もし陰性であったら..多くは陽性であることを期待して出すだろうが,陰性のときの次の一手を考えるか,上司に聞いてみると勉強になる.明らかに高分化型脂肪肉腫と思っていた症例でもし MDM2 が陰性であったときには何をするのか?その問答の中に教科書には書かれにくい,あるいは行間に存在する診断のポイントが見えてくるはずである.

その中で陽性でも陰性でも次の行動が変わらないようであればそれが本当に必要か再度考えてみると良い.

# 戦略的なもの

自分が見ている限りでは多くの病理医は今言った戦略的なものに沿って診断を行っている.プロとして業務で行う以上はなんとなく,ではいけない.恐らくだが,診断のできる病理医というのは多少の差はあれ,大体このような視点を持ち合わせていることが多い.

病理診断における戦略的なもの その 1

 # 免疫染色の出しすぎ?

つい先日,ある症例について若い先生から質問を受けた.

ここからは症例についてはフェイクが入っている.

(臨床的にも疑われている)乳癌のリンパ節転移を疑って免疫染色を行ったけど,結果が芳しくなかったのでどうしたらよいかという内容.とりあえず組織をササッと見て,あれとこれとそれと免疫染色を 10 種類近く指示をしたら怪訝な顔をされた.「そんなに免疫染色を出す必要あるんですか?」と言わんばかりに.

# 免疫染色をよく出す

これは恐らく技師の中でも比較的言われがちであるが,でも個人的に「免疫染色を出しすぎ」と文句を言われたことは今の職場になってからは少なくともない.それはオーダーする免疫染色それぞれに対してその必要性について臨床検査技師としばしば discussion をしており,なぜ必要なのかを理解してもらった上で出しているからである.あとは(技師が理解しているかどうかまではわからないが)大体において,最終診断までたどり着いていたという実績があるからだと思っている.

確かに少ない免疫染色で診断を行うのはスマートかもしれないが,一番の目的は診断を出すことである.目的と過程が混同すると最終的な目的地がなんのかわからなくなってしまう.少ない枚数の免疫染色でコスパは良いが結局診断がつかなかった,では意味がない.

その場,その場でいちばん大事な目的が何であるかを忘れてはいけない.

# 状況を見極め,戦略的に立ち向かう

病理診断は実地臨床の中で比較的「静 static」な動きをしている.一分一秒を争うようなことはないし,迅速診断だって 10-20 分程度のオーダーで動いている.時間的な制約が緩い分,リソースが無限大にあるような錯覚を覚えてしまう(仕事の組み方も).しかし,そうではない.

免疫染色を行うと 1-2 日程度は消費してしまうし,休日は病理部自体が inactive でありその分は何もしなくても過ぎ去る.しかも免疫染色用の標本を切り出すたびに元のブロックはどんどん消費されてしまう.ちょこちょこ出すよりも一気に出すか未染標本の切り余りを作っておくほうがよい.現在ではがんゲノムや他のパネル検査のために病変量をある程度確保する必要があり,下手に粘るよりも途中でリリースしてパネル検査に委ねるほうが診断よりも先にある治療という点において,正解に近いこともある.

多くの状況では臨床医は病理診断の結果を待つことができる.術直後すぐに化学療法は始められないので,手術検体が 1-2 週間程度時間がかかることは問題ないことが多い.その一方で生検は時間的制約及び検体の制約(多くの場合は小さい)があり,置かれた状況について的確に把握して次の一手を進めないとゲームオーバー(診断できません)となりかねない.

# 検査前確率,検査後確率

病理診断自体は比較的主観が入りやすいため,診断自体を数式の計算で決めることは少ない.スコアリングもあるが,それは多くの場合は診断が決定している前提での grading が多く,現状では主診断自体(例えば腺癌か扁平上皮癌か)をスコアリングによる多数決で決めてはいない

しかし,概念的には検査前確率,検査後確率の考え方が重要で,病理診断,特にこの文脈で考えると,免疫染色を行うことで検査後確率がどのように変わるかに着目する必要がある.

# 一回目の免疫染色で失敗しているということ

条件付き確率の考え方に近いと思っているが,一回目の免疫染色で失敗しているという事実は,(想定していた特定の疾患,例えば乳癌の)検査後確率を大きく引き下げていることになる.

すると,臨床的には乳癌の転移を考えていたのだが,免疫染色で乳癌の可能性が否定されると,検査前確率が(あまり想定されていなかった)肺癌,胃癌,膵癌,膀胱癌,卵巣癌,子宮癌 etc とほぼ同等になってしまう.

免疫染色を行ったばかりに振り出しよりもさらに後ろに戻ってしまう(もちろん乳癌が否定されたということは重要なことではあるのだが).



2021年9月16日木曜日

正しい病理診断とは

途中からテーマが少し移動して締めくくる文章になっている.

# 診断基準がすべて

病理診断において(もちろん一般臨床もそうだけれども)昔と異なり現在では腫瘍を中心に診断基準が整備されており,原則的にその基準に沿って診断をしている.臨床だとガイドラインという名のもとに何冊もの本が出版されている.その結果,昔でいうと診断者間にブレがあったり,大御所がこう言ったらこう,という病理診断にも標準化がもたらされ,標準的な診療なるもの寄与している.

(標準的という言葉は,普通で取るに足らないものという誤解を生みがちだが,現代医学の叡智を結集した最高水準というニュアンスに置き換えても遜色ない.種々の事情で標準的にならない医療も世の中にはあちこちに存在している)

特に病変に特徴的な遺伝子異常の同定は破壊力があり,例えば,いくら横紋筋肉腫に見え筋系マーカーが陽性になっていたとしても,MDM2 遺伝子の増幅が見られれば,多くの専門家は脱分化脂肪肉腫の脱分化成分を見ているのだろうと考える.遺伝子異常が見つかる前はほぼ全員が横紋筋肉腫と答えていたであろうに.

こういう話をすると,なんだ,病理医って基準に沿って白黒つけるだけの仕事なのね,という誤解を招きそうだが,違う.まぁその程度の理解しか出来ない医学生や研修医を誘っても教育に苦労しそうなのが目に見えているので,「そうですね,お先真っ暗だよ」といってかわすこともしばしばある.

# 診断基準があるようでないもの

診断基準が整備されればされるほど,診断基準がないものをどう診断するかという問題に焦点が当たりやすくなる.そして一見診断基準がありそうだけれども,その根本のところの基準が極めて主観的になっているものも少なくない.

例えば腺癌と診断をすれば,分化度や亜型に分類する.しかし,腺腫と腺癌を区別する基準は細胞の異型,平たく言えば顔つきの悪さによることになるが,どの程度だと腺腫でどの程度だと腺癌かということを言語化することは難しい.

もちろんある程度の水準に達した病理医間での一致率(いわゆる κ 係数)は非常に高いのだが,正直自分は腺腫と腺癌をどこで区分するのか明確には出来ていない.特に adenoma-carcinoma sequence が確立されている大腸癌などでは強く感じる.

このような,言葉にできない何かがあるからこそ,病理診断のトレーニングは実践をしながら上級医から所見の評価方法について feedback を受けてその道に沿うように少しずつ修正をするのがよい,ということになっている.

言語の習得に似ているところがある気がしていて,本で勉強すべきことと実践すべきことがある.

# 闇多き病理解剖

一般的な組織診断と細胞診断は診断基準がだいぶ確立されてきた一方で病理解剖については21 世紀のこのご時世でも診断基準ができそうな気配すらしない.仕方のないことではあるが由々しき事態である.

これまで何度も言ってきたように,病理解剖の報告書は必ず結論が決まっている.それは

患者は死亡している

ということである.これだけは絶対にぶれないし,そういう意味では間違った結論に誘導されることはありえないので一見するとあまり難しくない.しかしこの結論へ至った経路に関する説明を求められるのが特徴的で,結論を求められる組織診断や細胞診断とは対照的である.この経路を求められる,という点が決定的な違いで研修医の先生たちが苦しんでいる点と思われる.

しかし,例えばだが,誰かが大阪から東京へ行くとして,東京にたどり着いた本人の見た目と途中の経過スポットで撮影された写真や目撃者の証言から,経路を割り出せというようなもので,常識的に考えると無理である.そういうはなから無理なことを要求されているため,研修医のみならず我々も苦労しているのである.

途中の名古屋あたりで撮影された写真では新幹線のホームが写っていたとすると「新幹線で来たのか」と思うだろうが,もしかしたら自転車で行って名古屋駅で入場券を買ってホームで記念撮影,かもしれない.そんなことされたら絶対にわかるはずもない.

# 文脈に沿った診断・解釈

上記事情から剖検例の病理解剖学的診断は臨床的な文脈を強く意識している.名古屋駅の前後で新幹線の画像があれば名古屋駅は途中下車したのだろうと推測をするし,前後が自転車の写真であれば名古屋駅は入場券を買って入ったのだろうと推測をする.見えている事実は「名古屋駅にいた」だけなのだが,その解釈は文脈に強く依存する.

とはいえ,どんな解釈もありというわけではなく,例えば飛行機に乗っていて途中で名古屋で降りることは(よっぽど特殊な事情がない限りは)合理的ではないので多分違うだろうといった判断をしている.

しかしだ.死亡している以上検証のしようがないということは様々な想像を生み出すことがある.

この人は名古屋のコンサートがあってそこに行きたくて急いでいたはずだ.ちょうど関西国際空港にいてしかもコンサート会場が中部国際空港の近くだったから飛行機で行って,その後新幹線で東京駅に向かったはずだ.

といった妄想に近い文脈の構成も可能であり,そして一番の問題は

誰もその文脈の仮説を否定できない

私はこう思う,ということ自体は自由であり,何人たりともそれを否定することは出来ない.すると優先順位は立場の順になり,平たく言えば部長が A と言ったら A ということになる.

# 総合的判断という究極の主観的診断

結局のところ,総合的判断は究極的に主観的診断ということになる.もちろん主観が悪いわけではない.その人の経験に裏打ちされた主観はしばしば真実に近い.しかし,その主観を否定することは困難でかつ検証が不可能である.

剖検例を中心に話を展開したが,実際のところ組織診断や細胞診断でも診断基準があるにも関わらず,主観による部分が少なからずある.結局主観的な評価からは逃れらない運命にあり,これを一言でまとめると

部長の言うことは常に正しい,あるいは偉い人の言うことが常に正しい

という結論になる.言い換えると正しい病理診断をしたければ偉くなれということになるし,裏を返すと偉くない人の病理診断は必ずしも正しいとは限らない.

15 年目の悲劇

# 卒後は 17 年目,病理は 15 年目 自分は 2009 年に大学を卒業しているので,2026 年 4/1 現在だと,卒後 17 年目になる.卒後 15 年目のとか,20 年目の,みたいなタイトルの本を見るが,その節目を超えてさらなる大台に突入してしまった感じはある. 初期研...