2022年7月19日火曜日

国際協力とは~ その 2

 # 当時のカンボジアの病理診断体制

話題が豊富でどこから話をしたら良いか難しいが,2018 年頃の話だと病理医は 10 人くらいだったと記憶している(詳細は臨床細胞学会の専門医部会の記事を参照のこと).その中でいわゆる first generation と呼ばれる病理専門医の研修医が 5 人いた(多分資料を参照すれば分かるがまぁいい).

基本的なトレーニングはレクチャーが中心とのことで,日本以外だとヨーロッパ,特にドイツからの支援が多いみたい.旧宗主国はフランスのはずで支援はあるにはあるようなのだ(免疫染色の試薬や機械など)が,ドイツは iPath Telepathology network というシステムを構築しており,カンボジア(+それ以外の途上国?)に対して,組織像をアップロードをするとドイツの専門医がコメントをする体制を提供している.

日本の学会に掲載される記事は主に日本がどういうことをしたかということに焦点を当てて記事を書くが,実際には他の国も支援をしており,全て日本がやっているわけではない.

一般的にカンボジアで医師になるには確か 6 年間の医学部のトレーニングを受け,病理専門医の場合はさらに 5 年間のトレーニングが必要で,その 11 年間は学生という扱いで,授業料を支払うようだ.そりゃ金持ちじゃない限り無理ではある.ちなみにカンボジアの医学部で 1 回だけオンラインで病理学の授業を行ったことがある.まぁそれはいいけど.

病理専門医のコースも毎年開講というわけではなく,2018 年に first generation が卒業をして 2019 年から second generation が入学して来るという,感じで現在第 2 世代がトレーニング中である.時間はかかるだろうが,おそらく数年後には一気に増えていることだろう.

カンボジアの病理医はほぼ全員(全員?)が首都のプノンペンにいるようだ.プノンペン以外には病理医はいないので,そこで病理検体が発生した場合はどうするのか?一つは病理検査を行わない,もう一つは首都のプノンペンにある検査センターに検体を送る.

そう,カンボジアにも検査センターがある.ちょうど日本の病理医が病院で病理診断をしながら,検査センターでアルバイトをするような構図がある.

# カンボジアの医師の働き方

カンボジアの医師の給料は安い.大体月 150 - 200 ドル程度.カンボジアに行ってみると分かるが,カフェに入るとコーヒーが(サイズにもよるが) 3-4 ドルくらいするので,当然それだけでは生活できない.よって多くの医師は自分でクリニックを持つ.午前中は病院で働いて,午後は自分のクリニックで診療をするというダブルワークをするようだ.

病理の場合はそれが検査センターになる.正確な統計はないが,カンボジアには古くからいる教授が自前で検査センターを持っており,月 1000 件程度の結構大量の検体を診断しているそうだ.プノンペンにはそのような検査センターが複数ある.

ちなみに組織診 1 件あたり 30-50 USD 程度で,免疫染色は 1 枚あたり 50 USD 程度.相場を知らない人が多いとは思うが,日本のほうが安いと思う(日本の検査センターの場合は利益率の高い血液検査と抱き合わせて受託するケースも多く,病理検査単価は結構変わるので単純な比較が難しい).2022 年 7 月現在はさらに円安なので圧倒的に日本の方が安い.日本にブロックを送って日本で免疫染色を受託すると儲けられるのでは?という気もする.

# 自分が関わっていること

基本的には first generation の先生のうちの一人がやっている検査センターの顧問として診断のアドバイスをしている.最初は怪しい診断でのコンサルテーションが多かったが,現在ではほぼ外すことはなくなってきた.本質をついたかなり鋭い診断をしてくることもあり,数年間自分が費やした時間は無駄ではなかったのかな?と感慨深く思っているところではある.

文章が長くなってきたのでそろそろここで次の項にする.

2022年7月18日月曜日

国際協力とは~ その 1

 # 国際協力は簡単ではない

かなり具体的になるから書くかどうか迷ったけど,多分今書かないとおそらく記憶の何処かに埋もれてしまうのかなとも思ったのでとりあえず書いてみることにする.まぁ悪いことをしているわけではないのでよいでしょう.

ここまで約 3 年間くらい個人的な規模でカンボジアの病理診断の支援をしており,総括的なことを書いてみよう.

# カンボジアの病理診断支援

もともとは産婦人科学会?がカンボジアの子宮頸癌のスクリーニング支援を行う一貫で,重要な検査の一つである細胞診に問題があることが判明した.

そもそも細胞診がきちんと診断が出来ていないとスクリーニング自体が意味をなさないということで,臨床細胞学会が参画してカンボジアの病理診断の技術発展の支援をしていると聞いている(伝聞による記載なのでたぶん若干不正確であることに注意).

その中で臨床細胞学会から日本の病理医が派遣され,またカンボジアから病理医や臨床検査技師を招聘して細胞診断を中心としたトレーニングをして,また現在では zoom などでオンラインレクチャーをしながら教育をしているということ.

ちなみに自分は臨床細胞学会の会員(信者?)で専門医・指導医を持っているし,集会には熱心に参加しているが,特に臨床細胞学会から派遣されてはいない.

カンボジアの病理診断は当時はたしかにひどかったような気もするが,少なくとも 2022 年現在では自分の感覚ではそこまで悪くはない.HE 染色が主体だが,形態診断レベルでは日本の一般病院以上の水準は確保されていると信じている.

# カンボジアから日本へ研修

確か 2018 年頃だったと思うが,カンボジアの病理医と臨床検査技師が日本に研修に来た.その時に当時在籍していた病院が受け入れ病院の一つとなっており,そこで仲良くなり,じゃあと一肌脱いて色々と相談に乗るようになった.それがはじまり.

2022年7月15日金曜日

臨床検査技師の責任とは

 # 「私たちは病理医ではないので責任をとれません!なので先生たちがやってください」

たまに自分たちが聞くフレーズ.これは Power word でこの言葉が発動されると,すべての業務が医師に載せられてしまい,非常にめんどくさいことになる.

臨床医だったときも似たような経験があって,看護師等の職種のスタッフが言っていた様な気がする.

# 責任ってなんだ?

責任を取るって,何をするのか.もちろん金銭的な補償をすることも責任かもしれないけど,でもお金を払えば良いというものでもない.

これまでの様々な事例を見るに,結局責任を取るっていっても究極的には「ごめんなさい」と言うよりほかない.ごめんなさいといって許してもらえるかどうか,許してもらえるようにするのが責任と言える.もちろん金銭的な補償はあることはあるがあくまで付属的である.

でも誰でも責任を取れるというわけではない.そこらへんを歩いているおじさんに謝られたって困るはず.ごめんなさいという人がそれなりの力量があってそれなりのポジションである時にそのごめんなさいが意味を成す.ただ謝ればいいっていうものではない.「この人が謝るのならしょうがないか」と思えるかどうか.

そう考えると,通常は所属長が責任を取ることになる.例え現場の人がやらかしてもごめんなさいをするのは所属長である.医者だって同じことで,記者会見でごめんなさいをしているのは診療部長か院長クラスであって,当事者が出てくることはまずない.

そういう意味では我々ひらの病理医は責任を取っていない.

# 首にならないからこそ言える言葉

民間病院の市中病院では医師以外のメディカルスタッフは「ハイ分かりました」以外の返事はさせてもらえなかった.論理的に不可能であることを主張をすることはあっても,物理的に可能であれば原則的にやるのが仕事.それが嫌な人はいつの間にか辞めていっていた.

それが大学病院に来ると,嫌だと言い張って仕事をする人がチラホラ出てくる.最初そういう返答をされた時に意味がわからずめまいがしたが,今ではだいぶなれた.大企業になるとそう簡単にクビには出来ないことがわかっているからこそ言える言葉である.

# 臨床検査技師の仕事の責任は誰が取る?

臨床検査技師プロパーの仕事である,標本作製,例えば包埋や薄切で仕事をし損じた時に誰が責任を取るのであろうか?

自分の経験でも,薄く切りすぎてブロックに穴が空いてしまったとか,ブロックを紛失した!というのもあった.これは診断に影響を与える可能性が高いので,最終的な受益者である患者さんや臨床の先生に対してごめんなさいをすべきだが,結局自分で飲み込んだ(他のブロックを作り直した)か,自分から臨床医に説明しごめんなさいをした.

今から考えると,これらは完全に彼らの業務の範疇であるから彼らが責任を持って臨床医に説明をすればよいのでは?とも考えてみた.もし病理医に対して説明をすることが責任と考えるのであれば,,,,となって最初のサブタイトルに落ち着く.

要するに責任を取ること?から逃げてしまうとなんの仕事もできなくなってしまうし,結局のところ責任を取るのは所属長であったりする.そう考えると,仕事をやりたくない言い訳にしか感じない,というお話.

2022年7月13日水曜日

続けること

 # 10 年同じ領域をやり続けること

昔お世話になった先生に言われたこと.10 年同じことをやり続けていればその領域で認知される様になる.まぁ何年やっても何も進歩しているような感じはしないんだけどなぁと思っていたが,確かに今年で専門領域を始めて 10 年位経つ.

そして特になにかしたというわけではないのだが,無駄に?認知され始めてきた気はする.自分自身で何かをやったという自負がないので非常に心苦しいことが多いのだが.

# 国際学会に出し続けること

ほぼ同様の趣旨で別の先生から言われたこと.国際学会で constant に演題を出し続けるのはそう簡単にできることではなくて,それを続けていればきっと認知されるようになる.自分としては別に認知されたくてやっているというよりも,出張扱いで堂々と海外旅行に行けるのが楽しくて結果的に毎年ひねり出して参加しているというつもり.

まあまあな引っ込み思案なところもあって,知り合いは一向に増えないが,知っている人はそこそこ増えたし,その領域での勢力図なるものもわかるようにはなってきた.

# 新しく始めること

数年前から新しい領域にも手を出し始めたが,こちらは当然しばらくは花が咲きそうにもない.それはそれでよいのかなと思っていたりする.

正直わかった感じがあまりしないというのはあるし,そのわかった感じを得るにはしばらく時間をかける必要がある.地図でいうと各国の首都はようやく抑えた感じで,周辺の都市や辺境はまだまだ未開拓である.世界にはまだまだだれも知らないところがあって,そのわずかな,小さな一つでも開拓できれば仕事としては上出来なのだろう.

# 新規参入の脅威

Twitter や Facebook を見ていると,病理を始めて数年程度のまだ若い先生がそれなりに立派な意見をつぶやいたりしていて,すごいなと思いそして恐れる.自分が同じ年次のときにはそんな概念知らなかったよ,考えもしなかったよというものも多い.

正直 10 年選手と 5 年選手の違いというのは意外とわずかな差でしかない.いわゆる sigmoid curve の収束値付近の話.だから倍偉いわけでもないし,威張れるわけでもない.実際自分より若い先生に自分の間違いを指摘してもらえることは少なくない.

そういうを見ていて自分の至らなさに愕然とすることもあるけれども,最近はあまり気になくなったというより,気にしないようにしている.

多分そういうもので,差がないようでどこかでそれなりの差があるんだろう.多分ね.

2022年7月7日木曜日

病理関係の出版事情

# ここ 1 年位は出版のペースが鈍い

いわゆる単著系の本の動きが非常に鈍い.おそらくサイクルによるのだろうが,ほとんど動きがない.Pattern Recognition Series や biopsy interpretation series もほとんど出版がなさそう.

医学書マニアとしてはちょっと寂しい気もする.まぁどうってことはないが.

# WHO, AFIP, Diagnostic Pathology は好調

その一方で,上記 3 シリーズは非常に活発に出版がなされている.特に WHO は Ian Cree が来年で定年を迎えるということもあり,それまでに出版をと急いでいる節がある.まあ 1 ユーザーからすると早いに越したことはないが,それにしても出版のペースが早すぎて購入が追いつかない.

去年くらいから少し考えて,WHO と AFIP は個人で所有することに決めた.決めたといっても早速円安で驚異の値段になって相当躊躇しているところであるが.それでも病院で購入するものはケチってもしょうがないので購入はする.

最悪ケチるのなら WHO, AFIP, 規約,鑑別診断シリーズ(通称白い本) だけ揃えればいいのかなと思っている.それでも結構な金額になるが.

# 日本語の本もそんなに活発ではない

あまり認めてもしょうがないかもしれないけど,コロナの影響は確実にあるんだと思う.もちろん日本語での病理の本もちょこちょこ出版されているが,それでも活況かと言われるとどうかなという印象.強いて言うなら細胞診の本が多く出版されている.

細胞診自体を悪く言うつもりはないのだが,最近出版されている細胞診の本は同じような物が多い.しかも細胞診の実務で重要な鑑別診断に重きをおいたというよりも疾患概念の解説と細胞学的所見の説明が多くを占めており,実際に使えるかというと微妙.個人的には細胞診断マニュアルを超える本がなかなかない気がする.

# 一石をとうじ..?

ちょっとここ一週間くらいは夏バテで何もする気が..

2022年7月5日火曜日

同じものを違う方向から

 # 病理学会関東支部会を視聴して

久しぶりに真面目に病理学会関東支部会を見てみる.まぁやることは山ほどあるんだけど,やる気がゼロなのでだらりと講義を聞いているところ.

# DF vs DFSP

今回は dermatofibroma (DF) と dermatofibrosarcoma protuberans (DFSP) の話.これを一時間話を出来るのはさすが..自分だったら 10 分で終わるかな.そんなに話すことは多くはない.皮膚病理の先生らしく,表皮の所見をきちんと大事にして解説をされているのが印象的.多分骨軟部病理の先生とは説明の視点がだいぶ違う気がする.

DFSP は出現パターンは特徴的で,単調な細長い紡錘形細胞が増殖し皮下脂肪組織への浸潤が特徴的.一方 DF は多彩な像を呈するので,あまり先入観や固定観念を持ちすぎずに対峙するのが現実的.そして免疫染色では CD34 を中心として Factor XIIIa 等を併用しながら考える.迷った症例では PDGFB の再構成を FISH で検出する.DFSP は fibrosarcomatous pattern に注意する.これで大半は解決する.どうしてもわからなかったら,完全切除をすれば治療としては完了する.

# わかりやすい講演会?

この演者の講演を何度か聞いたことがある.本だと非常にわかりやすくて大ファンなのだが,講義だとうーん,,,という感想を持ちがち.他の人はどう言う感想をもつだろうか?

多分だがこの演者の講演の場合は重要な情報と重要性の落ちる情報が同じようなテンションで重み付けで講義をされているのが理由なのかなと思っている.本の構成は重み付けがきちんとなされているのと対照的なのが印象的である.

# わかりやすい講演会の要件

多分今までもどこかで話をしたような気がするが,個人的に思う,わかりやすい講演会というのは

わからないものをわからないとはっきり言ってくれること

だと思っている.分かるというのは分からないものを分からないと言い切れることで,そうすることで分かることがハイライトされて理解が整理される.分からないものをあやふやにしていると,結局視界の一部がぼやけた状態で運転をするようなもので危険.ここは見えないと整理していればそこは避けようという戦略も出てくる.

2022年7月2日土曜日

Decision Making

 # いわゆる業務改善のお話

とかく日本人は業務の効率化ということが嫌いのようだ.多分自分とは考え方が違うのだろう.ただ,違うから仕事ができないでは仕事にならないので,とりあえずそれなりの議論と説得をしていくことになる.

とあることで,業務の効率化をしようという話題を出した.だいたい出てくる反論の相場は決まっていて,正確さの担保はどうするのかということ

業務の効率化と正確さの犠牲というのはある程度 trade off の関係にある.許容できる範囲内での正確さの犠牲で業務を最大限に効率に運用することができ,本来であればそれを目指すべきである.でもそれをぶち壊す power word がある.

それって絶対に安全(あるいは間違えない)って言い切れますか?

世の中絶対などはなくて,間違いを想定してその間違いをうまく拾い出すような策を講じる.

# 絶対というものの怖さ

絶対というキーワードは容易に思考停止に陥らせる.絶対に失敗しない,絶対に正しい,こういう発想をしてしまうと身動きが取れなくなり,「絶対には正しくない」現状にとどまってみたり,どこかの状態へ行ってしまう.

全ては 0-100% の間の中で揺れ動くものであり,現状 100% といえば人は死ぬことくらい.ロブスターなんて捕食されない限り死なない?とも言われているので,人が死なない時代がやってこないとも言えない.それくらい 100% を担保するのは難しい.

自分たち(日本人)は 100% あるいは完璧を求めようとしがちで,当然 100% には到達しないので 90% くらいになるのだろうが,そういうのを外側から見ると「完成度が高い」と称される可能性がある.でもそれはコストパフォーマンスでいうととても悪い.

# ISO や CAP の意味するところ

ISO や CAP なんかは 60% 程度の仕事をする人たちをルールで縛ることによって 80-90% 程度を目指そうとしているわけで,何もなくても 100% を目指している人たちからすると,ただの鬱陶しいもの以外の何者でもない(もちろん 60% 程度の人たちにとっても鬱陶しいだろうけど).

だから自分たちに都合の良いルールを作りそのルールに乗っかって仕事をすればよいだけ,あるいはそのルールで出来る範囲内の仕事をすればよいだけとも言えるのだが,それがなかなか難しい.一番の原因は自分がルールを熟知していないということに尽きるのだが.

15 年目の悲劇

# 卒後は 17 年目,病理は 15 年目 自分は 2009 年に大学を卒業しているので,2026 年 4/1 現在だと,卒後 17 年目になる.卒後 15 年目のとか,20 年目の,みたいなタイトルの本を見るが,その節目を超えてさらなる大台に突入してしまった感じはある. 初期研...