# 免疫染色の出しすぎ?
つい先日,ある症例について若い先生から質問を受けた.
ここからは症例についてはフェイクが入っている.
(臨床的にも疑われている)乳癌のリンパ節転移を疑って免疫染色を行ったけど,結果が芳しくなかったのでどうしたらよいかという内容.とりあえず組織をササッと見て,あれとこれとそれと免疫染色を 10 種類近く指示をしたら怪訝な顔をされた.「そんなに免疫染色を出す必要あるんですか?」と言わんばかりに.
# 免疫染色をよく出す
これは恐らく技師の中でも比較的言われがちであるが,でも個人的に「免疫染色を出しすぎ」と文句を言われたことは今の職場になってからは少なくともない.それはオーダーする免疫染色それぞれに対してその必要性について臨床検査技師としばしば discussion をしており,なぜ必要なのかを理解してもらった上で出しているからである.あとは(技師が理解しているかどうかまではわからないが)大体において,最終診断までたどり着いていたという実績があるからだと思っている.
確かに少ない免疫染色で診断を行うのはスマートかもしれないが,一番の目的は診断を出すことである.目的と過程が混同すると最終的な目的地がなんのかわからなくなってしまう.少ない枚数の免疫染色でコスパは良いが結局診断がつかなかった,では意味がない.
その場,その場でいちばん大事な目的が何であるかを忘れてはいけない.
# 状況を見極め,戦略的に立ち向かう
病理診断は実地臨床の中で比較的「静 static」な動きをしている.一分一秒を争うようなことはないし,迅速診断だって 10-20 分程度のオーダーで動いている.時間的な制約が緩い分,リソースが無限大にあるような錯覚を覚えてしまう(仕事の組み方も).しかし,そうではない.
免疫染色を行うと 1-2 日程度は消費してしまうし,休日は病理部自体が inactive でありその分は何もしなくても過ぎ去る.しかも免疫染色用の標本を切り出すたびに元のブロックはどんどん消費されてしまう.ちょこちょこ出すよりも一気に出すか未染標本の切り余りを作っておくほうがよい.現在ではがんゲノムや他のパネル検査のために病変量をある程度確保する必要があり,下手に粘るよりも途中でリリースしてパネル検査に委ねるほうが診断よりも先にある治療という点において,正解に近いこともある.
多くの状況では臨床医は病理診断の結果を待つことができる.術直後すぐに化学療法は始められないので,手術検体が 1-2 週間程度時間がかかることは問題ないことが多い.その一方で生検は時間的制約及び検体の制約(多くの場合は小さい)があり,置かれた状況について的確に把握して次の一手を進めないとゲームオーバー(診断できません)となりかねない.
# 検査前確率,検査後確率
病理診断自体は比較的主観が入りやすいため,診断自体を数式の計算で決めることは少ない.スコアリングもあるが,それは多くの場合は診断が決定している前提での grading が多く,現状では主診断自体(例えば腺癌か扁平上皮癌か)をスコアリングによる多数決で決めてはいない.
しかし,概念的には検査前確率,検査後確率の考え方が重要で,病理診断,特にこの文脈で考えると,免疫染色を行うことで検査後確率がどのように変わるかに着目する必要がある.
# 一回目の免疫染色で失敗しているということ
条件付き確率の考え方に近いと思っているが,一回目の免疫染色で失敗しているという事実は,(想定していた特定の疾患,例えば乳癌の)検査後確率を大きく引き下げていることになる.
すると,臨床的には乳癌の転移を考えていたのだが,免疫染色で乳癌の可能性が否定されると,検査前確率が(あまり想定されていなかった)肺癌,胃癌,膵癌,膀胱癌,卵巣癌,子宮癌 etc とほぼ同等になってしまう.
免疫染色を行ったばかりに振り出しよりもさらに後ろに戻ってしまう(もちろん乳癌が否定されたということは重要なことではあるのだが).
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