よく,臨床検査技師の学生と話をしていると,なんでこういう染色をする必要があるのかよくわかっていないことが多い.と思っていたのだけれども,最近色々な人と話をしていて,学生だけじゃなくて実際に病理部で仕事をしている臨床検査技師も完全には理解しているわけでないのでは,という疑問を抱くようになった.
教科書には特殊染色の手法とともに,何がどのように染まるのか,ということがある程度書いてはいるけれども,それだけでは不十分で,なぜこの病変の場合にこの染色を用いる必要があるのかまである程度踏み込んで考えて行かないといけない.例えば線維化をみるには Ag, EVG, Azan 染色のどれでも良さそうだが,なぜこの染色を選んでいるのか,など.
その前にまず HE 染色でわかることとわからないことについて簡単に整理をした上で,本題に入ることとしよう(今回は免疫染色については敢えて取り上げない).
1. HE 染色で何がどこまでわかって何がわからないのか
HE 染色は全ての基本であるとされる.主にはヘマトキシリン染色で核を染色し,エオジン染色で細胞質を染色する.色々な構造物が適度に染め分けられるため,まず最初に選択する染色になっている.多くの組織学的な形態像の描写や診断基準というのは HE 染色をベースにしている.また画像処理も HE 染色を基準にしていることが多い.それは人間の目から見たら僅かな違いでも画像処理をすれば確定的な差として検出できるから.
究極的に眼を凝らしてみれば,特殊染色はほぼ不要,という結論になってしまうが,実際には鑑別が難しい場合は多々ある.その区別を簡便にするため種々の特殊染色が用いられている.例えば弾性線維は HE 染色では染まらないことになっている(見る人が見れば染まらない繊維状構造物として認識できる)ため特殊染色で確認する.またアミロイドなどの沈着物も硝子化の区別が難しく,ここは Congo red 染色の得意とするところ.
感覚としては HE 染色で 7-8 割くらいの精度で診断をし,残りを特殊染色で確認あるいは補足するというのが古典的な病理診断のやり方である.現在ではそれに免疫染色や FISH, PCR などが加わっており,比率に関しては症例ごとに異なっていているが,とりあえず HE 染色で方向づけをするという姿勢は今も同じである(今後どうなるかはちょっとお楽しみなところ).
染色のオーダーは少なくとも日本でよく使うと思われるものをあげ,特によくオーダーするものについて,目的別に総論的なまとめ方をしてみた.化学的な背景知識的なものは京都大学や武藤化学あたりに詳しく書いてあるし,そもそも自分もそこまで詳しくないので,ユーザー側の視点で論じていく.
2. 線維化をどのように見るか
線維化というのは基本的に膠原線維の増生(種々のタイプがある)を指していることが多いが,細網線維も III 型コラーゲンなので,実はものとしては同じグループに入る.線維化を見る場合によく使う染色は EVG, Azan (or Masson Trichrome),Ag 染色で,Azan と Masson Trichrome は線維組織は同じように染色されるため,ここではまとめて,Azan 染色で代表させる.
線維化の程度を評価する際に最も簡便で汎用性が高いのは EVG 染色で,膠原線維が赤色に染まるだけでなく,平滑筋や骨格筋が茶褐色に染まり,しかも弾性線維が紫色に染まるので,非常に情報量が多い.この染色だけで線維化の程度に加えて動脈か静脈かの判定が比較的容易になり,また膠原線維なのか平滑筋組織なのかという HE 染色ではわかりにくい意外としょーもない悩みも解決できる.
ではなぜ Azan 染色も使うのかというと,(感覚的な問題でもあるのだけれども)Azan 染色は線維化を検出する上で,EVG 染色よりも感度が高い.これは見る側の感覚の問題でもあるのだけれども,Azan 染色は EVG 染色に比べて膠原線維と背景の構造物とで色のコントラストが付きやすいので,細かい線維化もわかりやすい.だから,肝臓や心臓の線維化で早期あるいは細かい病変を検出するときに向いている.裏返せば,バリバリの肝硬変やどかっと来ている陳旧性心筋梗塞をわざわざ Azan 染色で評価する必要がなく,EVG 染色(もっといえば HE 染色)でも可能だということ.
細網線維はとても細かいので,HE 染色で認識するのはほぼ不可能.だから Ag 染色を使うのだけれども,細網線維の評価が必要なのは現時点では脾臓と骨髄で,特に骨髄は線維化の評価をする際には Ag 染色が必須である(線維化の程度が強ければ Azan 染色でも評価せよとなっている).肝臓でも肝細胞索に沿って分布しているので,変性が強いときなどに染めるとわかりやすい(肝細胞が急に脱落しても細網線維は残っていることが多いため).
こうやってなぜ必要なのかということを考えると,自然と臓器ごとにオーダーされるセットが決まってくる.すごく細かくなるけど,左心室の染色で EVG 染色をオーダーする場合と,Azan 染色をする場合では何を見たいかというスタンスが変わってくる.EVG 染色だと心筋の線維化ざーっと見るのに加えて,一緒に入っている冠動脈も評価しようと考えるかもしれないし,Azan 染色の場合は線維化を重点的に評価しようと考えるかもしれない.
3. 粘液をどのように見るか
粘液の分類は結構難しくて,上皮性の粘液は酸性粘液と,中性粘液に分かれて,さらに酸性粘液は sialomucin と sulfamucin に分かれてそれぞれ分布が違って,,,間質粘液は,,,というのが教科書的な区分だけど,最近は MUC シリーズの免疫染色が簡単にできるようになってきて,あまり細かい分類を特殊染色ですることはなくなった.
現在では我々病理医が特殊染色に求める粘液の評価というのは,ほぼ粘液を有しているかどうかの一点と言っても過言ではない.つまり粘液のように見える別のもの(グリコ-ゲンや脂肪)ではないことを確認する意味合いが強い.あとは胃生検でルーチンに PAS 染色をしていることがあるがあれは sig や por といった低分化腺癌の見落としを防ぐため.染まれば色にコントラストがつくので,ぱっと目に入りやすい.染まるか染まらないかという視点だけで考えていると,胃生検に PAS 染色は不要だという考えに至り,実際に染めてない施設も少なからずある(ココらへんは理念の問題).
また,要するに粘液があるかみたいんでしょ!的な視点に立つと,Alb+PAS 染色という選択肢も出てくるし,肺生検だとそういうオーダーの仕方をしていることもある.
一つ注意点としては,間質粘液(例えば皮膚の mucinosis や大動脈の myxoid degeneration)を見るときは Alb 染色しか染まらないので,PAS 染色を出しているときにはあれおかしいと思うのが無難.ただし,皮膚の場合は PAS 染色で基底膜を見たり,角層内の真菌を見たりしている可能性があるから間違いと決めつけられない.
4. 菌体をどのように見るか
細菌や真菌に対して,基本的に病理診断のスタンスは菌の有無については判定するけど,同定は原則しない.ただし,合理的にそれしか考えられない場合(例:胃のピロリ菌や大腸のスピロヘータなど)はそのように記載している.
細菌を見るときには Gram 染色でブラウンホップス法が見やすいが,正直言うと球菌か杆菌かで勘弁してほしいのが本音.真菌については Grocott 染色か PAS 染色を行ってだいたい Aspergillus か Candida かまれだけど Mucor についてコメントをするくらい.PAS 染色だと死菌は染まりにくいあるいは染まらない傾向にあるので,Grocott 染色を出すあるいは併用している(通常見る範囲内であれば極論 Grocott 染色だけでいいはずだけど,なぜか PAS もだしていて,ついでに他のものも見ている).
ピロリやスピロヘータについては,Warthin-Starry 染色が綺麗にできれば言うことはないけれども,だいたい Giemsa 染色で見ている.染まる!だけならトルイジンブルー染色でもいけるはず.お金が潤沢にある施設は免疫染色でやっているらしい.
梅毒は最近少ないながらも増えてきている印象.正直抗体を買ってほしい.Warthin-Starry ぐらいしか有効に染める手立てがないので.
抗酸菌については Ziehl-Neelsen 染色一択.これ染まらないことのほうが多いと考えた方がよい.我々は乾酪壊死を伴う類上皮肉芽腫や臨床的に結核感染を疑っているキーワードがあればオーダーする(HIV 感染などで,リンパ球が極端に減少している場合は組織反応が起こりえなくて肉芽腫を作ることができないこともあるから).経験上は否定のために出すことが多い.そしてもう一つ結果の解釈で問題となるのがコンタミ.極めて少ない数でも陽性と判定していることが多いため,陽性コントロールで結核菌がうじゃうじゃしている場合,それがちょっと標本上に乗っかってしまっただけでも陽性となってしまうので,菌の集まり方など,陽性コントロールと比べて慎重に判断する必要がある.
5. 沈着物をどのように見るか
沈着物の代表格はアミロイドで,現在 Congo red 染色と Direct Fast Scarlet 染色の2つが代表格.一応 DFS 染色の方がよく染まるなんて言っていることもあるが,これらの染料自体が purified されていないのでロットによって染まり方が違うなどとも言われている(ロットによる違いは免疫染色の抗体なんかでも言われているが).これだけ技術が進歩した現在でもアミロイドの存在証明をする第1歩が Congo red 染色であるのは若干びっくりだが,これは仕方ない.偏光下での観察では apple green などとも言われているが,結構光り方は微妙で,きれいな apple green にならないこともしばしばある.あと膠原線維がよく共染しやすいので,Azan 染色や EVG 染色と合わせてオーダーすることもある(アミロイドは Azan, EVG 染色でそれぞれくすんだ青色,くすんだ茶褐色を呈する).
他のカルシウムは von Kossa 染色,ビリルビンは Hall 法(EVG 染色でも結果は同じ),などの特異的な染色はここではとりあえず省略する.
6. 特殊染色のオーダーはなるべく最小のオーダーで最大の情報量を得るように組み合わせる
特殊染色のオーダーの組み合わせというのはある程度型みたいなのが先人の知恵で決まっていて,この臓器はこれ,〇〇を疑ったらあれとあれ!みたいに大体決まったものを出す.それ以外にも確実にするために同じ染色を複数出したり,例えば皮膚生検なんかで真菌を見たい,基底膜の肥厚の程度を見たいなど複数の目的をもって PAS 染色にしたりと,考えながら出している.
ルーチンで異なるオーダーをしている場合は是非オーダーした人に聞いてみると思わぬ発見があるかもしれないし,ないかもしれない.
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