2018年9月30日日曜日

病理診断報告書の書き方

1. 臨床医は病理診断報告書に何を望むか
もともとなんちゃって内科をしていたどどたん先生が考えるに,多くの臨床医は「癌か癌ではないか」という極めてシンプルな報告書を望んでいるような気がする.もちろんこのことは仲良く話をしている臨床医の先生もだいたい同じようなことを言っている.

臨床医からすると病理診断報告書が数ページに渡ると,読む気が失せるそう(まぁそれはわからんでもないというか,よく分かる).

臨床的な視点にたつと,診断・治療を行う上で病理診断で必要なのは「組織型±治療効果判定と TNM (Stage) 分類と,切除断端の評価」くらい.それくらいは診療方針に対して影響は低い.胃癌が 2 型だろうが,3 型だろうが治療方針には影響しないので別になんだっていい,という考え方はあながち間違っていない.

非腫瘍性疾患が主体をなす,皮膚科や腎臓内科は臨床医が自分自身で読んでいて治療に反映させているので,病理診断報告書自体は極端に変なことを書かれなければそれで構わない(臨床医のする診断と病理診断に解離がありすぎると,あとでトラブルが起こったときに突っ込まれる要因になりうる).

2. 病理医は病理診断報告書に何を望むか
この視点は意外と語られることが少ないように思う.基本的には病理診断報告書というのは「臨床医 oriented」であるべきだが,実際には「病理医 oriented」になっている.理由は比較的簡単で,臨床医から病理診断報告書の書き方そのものに対するフィードバックはほとんどないにもかかわらず,病理医どうしでは double check システムがあるため,診断報告書に対して修正や feedback を行うときに,どうしても病理医側の視点が反映されやすい.

では「病理医 oriented」の報告書というのはどういうものか.それは肉眼所見から組織学的所見まで一連の流れになっているもの(もっと具体的に言うと,切り出し→組織所見をレビューするときの作業手順を順に追ったような流れ).これは reviewer がその症例を読んでいるときにスムーズに追体験できることが理想的.それでいて,論理構成が医学的(あくまで,現代の医学水準に沿った)であること.

肉眼所見はまずはどのような検体が提出されているか,大きさの記載から始まり,外表面,割面の所見まで行く.組織学的に腫瘍であれば細胞異型,構造異型及び産生する基質,組織構築から組織型の決定.脈管侵襲,神経侵襲,局所の浸潤傾向(INFa/b/c)を記載する.そこから腫瘍の進展を記載して切除断端へ露出の有無を記載.最後に背景病変についてコメントをしてレポートを締めくくる.

どどたん先生は最初にこのレポートの作成の流れを教えてもらって,確かに論理的でわかりやすいと納得した.ケースバイケースで若干順番を前後することはあるけれども,この基本の書き方を野球の素振りのようにずっと続けているし,レジデントの先生にもそう教えている.

3. 「流派」なるもの
世の中には流派というのものがある.これは当然の如く病理の世界にも存在する.ドイツ語でレポートを書いたり,英語でレポートを書いていたりした昔話もあるけれども,そこらへんはとりあえず置いておいて現在では見聞きする限りは大きく2つの流派があるように見える.

関東では東大閥と慶應閥.強いて言うならそれ以外.大体は東大閥で習った人たち,慶應閥で習った人たち,それらから派生した人たちということ.当然のことだが,診断の書き方の問題であって,診断能力の優劣をつけるものではないことに注意.ちょっと変わった variant として,なるべく所見は短いほうがよいという方針で習った人からすると,所見=規約の記号という書き方をする人もいる.

どどたん先生はどちらの流派の先生も知っているが,どっちの書き方も一長一短で,まぁ好みでいいのかな?という気もしなくもない.

4. 本来は書き方を統一する必要性があるが...
病理診断は未だに標準化というキーワードからほど遠い.もちろん診断基準自体は標準化されているが,レポートをどのように書くかということに対してはガイドラインが一切ないので,何を書いても自由.管理加算においても特に指定はされていないので,臨床医が極端に困らない限り何をしても良いことになる.

このことは我々にとってプラスでありマイナスである.統計を取ろうとしたときに calcifying epithelioma なのか, pilomatricoma なのか pilomatrixoma なのか,診断名のブレを収束させる必要が有るため,コード入力なんかで統一したほうが良いと思っている.

ところが,だ.そういうことを言おうものなら「診断なんてそんな言い切れるものじゃないから descriptive な記載のほうが良い!」と文句を言う人がからなずいるから,多分もうしばらくは何も動かなくなさそう.

5. 診断の書き方もひとそれぞれ
その前に,診断,所見の区別をしておこう.病理診断レポートの中で,上に英語で書いているもの "Regenerative gastric mucosa, Group 1, gastric biopsy" というのが診断文面で,その下に「胃生検検体1個 mm(+). 幽門腺領域.腺窩上皮は腫大し,,,」などと日本語が書いているところを所見という.

診断は英語で書くことが原則となっている.理由は日本語だと表現のブレが起きやすいからと言う理由だそう?だが,英語でも日本語でもブレるときはブレると思う.現実的なことを言うと,このような習慣にしておくと,病名を英語で覚えることができるので個人的には気に入っている.

慶應閥だと

"Stomach, biopsy:
 - Regenerative gastric mucosa, Group 1
 - Adenocarcinoma, Group 5"

のように,材料・採取方法を先に書くし,

東大閥であれば
"Regenerative gastric mucosa, Group 1, stomach, biopsy"
"Adenocarcinoma, Group 5, stomach, biopsy"

といった書き方になる.もちろん細かい書き方はひとそれぞれ.本流から近かったり遠かったりで,バリエーションは様々である.

6. 切除方法と検体をどのように書くか
しょうもない話といえばしょうもないのだけれども,検体と切除方法をどのように書くかというのもちょっとした問題がある.

例えば,幽門側胃切除は distal gastrectomy となるが,これは切除検体名と切除方法をまとめて書く方法.total gastrectomy とか colectomy, hysterectomy とかは比較的馴染みのある表現だが,精巣切除法である orchiectomy なんかは馴染みがぐっと薄くなるし,そもそも brain の excision や軟部腫瘍の excision をどう書くか,どどたん先生もよくわからない.

というように,網羅性が乏しい.しかも表現がブレやすく,統計上も把握しにくい.というわけで,病院や流派によっては機械的に検体名と採取方法を分けているところもある.stomach, partial resection, uterus and bilateral adnexas, resection など.もちろんこれも問題がないわけではなく,stomach, partial resection だと proximal gastrectomy なのか distal gastrectomy なのかわかりにくいし,uterus and bilateral adnexas, resection というのも hysterectomy and bilateral adnexectomy というふうにスッキリかけるはずなのに,と思っている人は少なくない.

7. 所見の書き方もひとそれぞれ
改行する人しない人,英語を多用する人しない人.まさに十人十色の状態.何が良いレポートなのかという基準もなく,あくまで同業者の目から見てという視点でしかものを語れない.

その臓器の専門家たちの中でも書き方が異なることもある.

そういう意味でもある種の型を提示してその型に対して批判的な検討をしながら理想的な所見のあり方を考えるのも良いかもしれない.

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