- DDTN:さて,今日の仕事はこれで終わり.かーえろうっと.
- NKM:先生,今日は帰るの早いですね.ちょっとこの標本を見てもらってもいいですか?
- DDTN:さてさて,この胃癌の標本か...うーん,腺癌!
- NKM:これ再生異型と迷うんですけど...どうですかね?
- DDTN:まぁ癌でいいんじゃないの?うん,やっぱり癌だよ,これ!
- NKM:なんで癌だと思うんですか?
- DDTN:だって癌じゃない,これどう見ても異型があるでしょ.ほら,核腫大しているしさ.
- NKM:でも再生異型でも核腫大しませんかね.
- DDTN:するよ,するけど,ちょっと違うんだよなぁ...
- NKM:その違うところを教えてほしいのですが...
- DDTN:慣れだよ,慣れ.たくさん見てればそのうち分かるさ.
- NKM:....
診断をするためには本来明確な基準があって,その基準に合致したものに対して病名をつけている.シンプルな作業ではあるのだけれども,時に基準が不明確だったり,複雑だったりして診断するものを悩ませる.
次は診断基準というのものについて考えてみよう.
# 診断基準とは?
- DDTN:例えば胃癌で早期癌を疑う場合は病変部分を全割(全て標本作製する)をしないといけない.進行胃癌であれば全てを作る必要はない.
- NKM:どうしてですか?
- DDTN:その前に胃癌の早期癌の定義って知ってる?
- NKM:粘膜下層に留まる癌ですよね.
- DDTN:そういうこと.これって裏を返すと,固有筋層に浸潤していない癌ということになる.極端なことをいうと,ほんの少しでも癌が固有筋層に浸潤していれば,進行癌になってしまう.
- NKM:なるほど.だとすると,早期癌というためには進行癌を否定しないといけないわけですね.
- DDTN:その通り.どうやったら進行癌を否定できるか.病変部分を 1 本作っただけでは不十分で,少なくとも癌の部分全てで固有筋層に浸潤している部分がどこにもないことを証明する必要がある.そこまでして始めて早期癌といえるんだ.
- NKM:じゃあ進行癌は?
- DDTN:進行癌は,少なくとも肉眼的に固有筋層に浸潤している部分を指摘できればあとは一番深そうなところを数か所作れば良い.
- NKM:「ある」ことを証明するのは簡単ですけど,「ない」ことを証明するのは難しいですね.
- DDTN:そうそう.
いろいろな腫瘍・非腫瘍の診断基準があるけれども,多くはこのどれかに入る.
- あるものの存在を証明することで診断上重要なもの(「骨肉腫」における,類骨の証明,「脱分化型脂肪肉腫」における MDM2 遺伝子の増幅の証明,など)
- ないことを証明することが診断上重要なもの(「胃早期癌」における固有筋層への浸潤がないことの証明)
病理を始めたばかりの人,特に細胞検査士の試験を受けようとしている人によく陥りがちなことがあるのが,○○という疾患は a, b, c, d といった所見が特徴的である,と書いてあるなかで,a, b, c, d いずれも同じように重要だと思いこんでしまうこと.実際には a >>>>>>> b >>> c, d みたいなことがあって,a の所見がないのに b, c, d の所見をもって診断してしまう,あるいは a だけしか見られないことを理由にその診断を否定してしまう.
例えば甲状腺乳頭癌で言えば,核所見が一番重要なのであって,乳頭状構造を作るかどうかは実際どうでも良く,濾胞構造を作っていても乳頭癌としては okay ではある.つまり「核所見(核溝,核内封入体,スリガラス状核)>>>>乳頭状構造」であって,もっというと,核所見の中でも「核内封入体>核溝,スリガラス状」であり,核内封入体があればよりより乳頭癌と言いやすい.
- DDTN:甲状腺の乳頭癌の鑑別診断は?
- NKM:えーっと,だいたい乳頭癌ってすぐわかりますよね.そんな鑑別診断を考える必要ってあるんですか.
- DDTN:あるある笑だってもし乳頭癌じゃない時に,頭真っ白になっちゃうでしょ.人生においてもそうだけど,常に代替の選択肢は準備しておかないといけない.準備できない時は相当入念にしないといけない.
- NKM:それもそうですね.
- DDTN:乳頭癌を考える時は,hyalinizing trabecular tumor, follicular adenoma/carcinoma, adenomatous goiter あたりを考える.単純な症例では そんなに鑑別が問題となることはないけど,adenomatous goiter を背景にした乳頭癌なんかではなかなか難しいと思う.
- NKM:そんなへんてこりんな症例もあるんですね.
病理診断(臨床診断もだけど)は疾患あてゲームではない.当たれば正解,外れたらまた考えよう,というスタンスがなくはないけど,基本的には十分考慮した上で診断を出している.
例えば甲状腺乳頭癌を診断するときには,乳頭癌以外の鑑別すべき(吟味すべき)腫瘍・非腫瘍を否定している.所見を書く場合も乳頭癌の特徴ばかりを書くのではなくて,きちんと他の腫瘍も考えたけど,○○の所見がないから違うと考えたよ,ということが分かるように丁寧に記載しないといけない.
特に難しい病変を診断する場合は,だいたい鑑別診断が複数提示されていて,それを肯定あるいは否定するために免疫染色を行ったりしている.その上で,有意な所見を取り上げてそれをもって確定診断とする.
臨床診断も原則的にはしていることは同じで,A という診断名を考えるときには他の B, C, D, ... を否定している.
実際の診断では straight に診断してかまわないんだけど,常に裏に何を考えて,何を否定しているのかは意識する必要がある.
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