# Introduction
一般的には,病理診断においては A, B, C, D, ... という所見があって X と診断するというように所見を集めて,通常は一つの診断を目指していく.多くの症例では X に至る A, B, C といった所見は同じ方向を向いており,大抵はストレートに診断をすることができる.
とはいえ,しばしば対立する所見が見られることがある.
# Conflicts always occur - a majority vote?
A, B, C, D は X を示唆する所見だが,E のみが Y を示唆する所見である場合,どうするか.多数決で X とすべきか?それとも X > Y とすべきか,はたまた大逆転で Y と診断すべきか.実際病理診断の専門家でも悩ましい話題で,症例検討会などでも取り上げられやすい例である.この投稿ではそのような対立する所見を呈する症例でどのように診断を進めていくかを考えていくことにしよう.
予想通り?かもしれないが,多数決で決めるのはあまりおすすめしない.なぜならば各所見の重みや診断の特異性は大きく変わるからである.例えば,扁平上皮癌の診断において,角化の所見はかなり特異性が高い一方で,核腫大は腺癌でも尿路上皮癌でも見られる.核腫大は癌とする根拠としては特異性がやや高いが,扁平上皮への分化という点では特異性はほぼない.
# Breakdown of a diagnosis
X という診断をするために必要な病理学的所見である A, B, C, D, ... はいわば分解した要素といえる.ここでは X という診断名を崩してみよう(できないことも多いが).扁平上皮癌であれば,上皮性+悪性腫瘍+扁平上皮への分化という形に分解できる.
- 上皮性:細胞接着性がある
- 悪性腫瘍:核異型が強い
- 扁平上皮への分化:角化,細胞間橋
というように,それぞれの構成要素に対応した所見を対応させることができる.逆に,所見を分類することで,診断にはどういう要素が含まれているのかを考えることもできる.こういう分解と集結を行うことで診断するために必要なことは?を整理することができ,テキストを読んでいて,診断基準を意識して読むことができるようになる.
蛇足だが,一般的な病理診断のテキストには「X という診断には A, B, C, D, ... という所見がみられる」という記載が多い.しかし,では X と診断するために必要な所見はなにか,すなわち診断基準はなにかについては,WHO bluebook 以外では,はっきりと書いていない.特に非腫瘍性疾患についてはそういう曖昧な記載が多い.意外に思うかもしれないが,ふんわりとした中で病理診断はしていて,みんなそういうもんだと思っている.そういう曖昧さが良さでもあり極端な個人の意見を貫きやすい背景となって結果的にパワハラで多くの病理レジデントが辞めていく原因にもなっている.
# Approach to Conflicting Findings
ここで本題に入るのだが,対立した所見が見られた場合,どのように診断を進めていくのか.一つの解決法としては,想定している診断名に対して,その所見がどの程度特異性があるのかを見ていく.例えば理学的所見はマクギーなどの身体診察の本や文献では各身体所見が実際の診断に対してどの程度の感度・特異度を有しているかデータとして揃っている.本来であれば病理学的所見に対してもそのようなデータが整備されていることが望ましいが,病理診断自体がかなり幅が広く(現時点では)現実的ではない.
ただ,定量化は難しくとも定性的には判断は可能で,標本から読み取れる情報と病理診断のテキストを眺めながら,そして診断基準を分解しながらそれぞれに特異的な所見,感度の高い所見を整理して並べてより特異性が高い方を採用するということを多くの病理医は無意識にやっている.もちろんできていない人もいるにはいるが,そういう人はだいたい「診断のセンスがない」みたいな言われ方をされている.一応重ねて言っておくが診断はセンスではなく基本的事項の積み重ねである.
そしてもう一つ重要な視点として臨床情報がある.直近の投稿で総合的なアプローチをすると言った.その中には臨床経過などの臨床情報を加味することも含まれている.病理組織学的にそれらしいと思っても,臨床情報が否定的であれば少なくとももう一度その診断を考え直すべきである.その過程で特異的な所見がなければ,確定診断を控えたほうが無難.それくらい臨床情報は重要.結局のところ,多少稀なものであってもよくある場所や年齢によくある経過でよくある疾患が発生するのであるから.
# What to do then
結局のところ,壮大なテーマを掲げた割には結論は無難なところに落ち着くのだが,こうすれば解決するという魅力的な解決策というものはなくて,あるのは丁寧に一つ一つ吟味していく作業.その過程でとある疾患に対して特異的な所見を引き出し,鑑別診断と比べてよりどちらがふさわしいかを検討する.そして鑑別ができなければ所見診断に留めるのも一つ.特に情報量が圧倒的に不足しがちな生検検体では確定診断ができなくても仕方ないし,下手に強く言ってしまうと間違えたときに大きな問題になってしまう.