2025年3月5日水曜日

対立する所見が見られたときの病理診断の進め方

# Introduction

一般的には,病理診断においては A, B, C, D, ... という所見があって X と診断するというように所見を集めて,通常は一つの診断を目指していく.多くの症例では X に至る A, B, C といった所見は同じ方向を向いており,大抵はストレートに診断をすることができる. 

とはいえ,しばしば対立する所見が見られることがある.

# Conflicts always occur - a majority vote?

A, B, C, D は X を示唆する所見だが,E のみが Y を示唆する所見である場合,どうするか.多数決で X とすべきか?それとも X > Y とすべきか,はたまた大逆転で Y と診断すべきか.実際病理診断の専門家でも悩ましい話題で,症例検討会などでも取り上げられやすい例である.この投稿ではそのような対立する所見を呈する症例でどのように診断を進めていくかを考えていくことにしよう.

予想通り?かもしれないが,多数決で決めるのはあまりおすすめしない.なぜならば各所見の重みや診断の特異性は大きく変わるからである.例えば,扁平上皮癌の診断において,角化の所見はかなり特異性が高い一方で,核腫大は腺癌でも尿路上皮癌でも見られる.核腫大は癌とする根拠としては特異性がやや高いが,扁平上皮への分化という点では特異性はほぼない.

# Breakdown of a diagnosis

X という診断をするために必要な病理学的所見である A, B, C, D, ... はいわば分解した要素といえる.ここでは X という診断名を崩してみよう(できないことも多いが).扁平上皮癌であれば,上皮性+悪性腫瘍+扁平上皮への分化という形に分解できる.

  • 上皮性:細胞接着性がある
  • 悪性腫瘍:核異型が強い
  • 扁平上皮への分化:角化,細胞間橋
というように,それぞれの構成要素に対応した所見を対応させることができる.逆に,所見を分類することで,診断にはどういう要素が含まれているのかを考えることもできる.こういう分解と集結を行うことで診断するために必要なことは?を整理することができ,テキストを読んでいて,診断基準を意識して読むことができるようになる.

蛇足だが,一般的な病理診断のテキストには「X という診断には A, B, C, D, ... という所見がみられる」という記載が多い.しかし,では X と診断するために必要な所見はなにか,すなわち診断基準はなにかについては,WHO bluebook 以外では,はっきりと書いていない.特に非腫瘍性疾患についてはそういう曖昧な記載が多い.意外に思うかもしれないが,ふんわりとした中で病理診断はしていて,みんなそういうもんだと思っている.そういう曖昧さが良さでもあり極端な個人の意見を貫きやすい背景となって結果的にパワハラで多くの病理レジデントが辞めていく原因にもなっている.

# Approach to Conflicting Findings

ここで本題に入るのだが,対立した所見が見られた場合,どのように診断を進めていくのか.一つの解決法としては,想定している診断名に対して,その所見がどの程度特異性があるのかを見ていく.例えば理学的所見はマクギーなどの身体診察の本や文献では各身体所見が実際の診断に対してどの程度の感度・特異度を有しているかデータとして揃っている.本来であれば病理学的所見に対してもそのようなデータが整備されていることが望ましいが,病理診断自体がかなり幅が広く(現時点では)現実的ではない.

ただ,定量化は難しくとも定性的には判断は可能で,標本から読み取れる情報と病理診断のテキストを眺めながら,そして診断基準を分解しながらそれぞれに特異的な所見,感度の高い所見を整理して並べてより特異性が高い方を採用するということを多くの病理医は無意識にやっている.もちろんできていない人もいるにはいるが,そういう人はだいたい「診断のセンスがない」みたいな言われ方をされている.一応重ねて言っておくが診断はセンスではなく基本的事項の積み重ねである.

そしてもう一つ重要な視点として臨床情報がある.直近の投稿で総合的なアプローチをすると言った.その中には臨床経過などの臨床情報を加味することも含まれている.病理組織学的にそれらしいと思っても,臨床情報が否定的であれば少なくとももう一度その診断を考え直すべきである.その過程で特異的な所見がなければ,確定診断を控えたほうが無難.それくらい臨床情報は重要.結局のところ,多少稀なものであってもよくある場所や年齢によくある経過でよくある疾患が発生するのであるから.

# What to do then

結局のところ,壮大なテーマを掲げた割には結論は無難なところに落ち着くのだが,こうすれば解決するという魅力的な解決策というものはなくて,あるのは丁寧に一つ一つ吟味していく作業.その過程でとある疾患に対して特異的な所見を引き出し,鑑別診断と比べてよりどちらがふさわしいかを検討する.そして鑑別ができなければ所見診断に留めるのも一つ.特に情報量が圧倒的に不足しがちな生検検体では確定診断ができなくても仕方ないし,下手に強く言ってしまうと間違えたときに大きな問題になってしまう.




今どきの病理診断の勉強の仕方

# Study surgical pathology in 2025

4 月から専攻医が新しく入ってくるので,専攻医(後期研修医)が病理診断を学習する上でどういう風にすれば良いかなと考えてみる.テキストを中心として,自分が病理診断のトレーニングを始めたときとの違いについても軽く触れながら.それにしても,後期研修医は今は専門医機構扱いになって専攻医と呼ぶのが一般的になったのか.名前がコロコロ変わるなと感じ始めた時点で RG(老害)認定されそうだからリアルでは口には出さないけど.

# テキスト

基本となるテキストはやはり外科病理学一択になるかな,ちょっと古くなってきたけど,それでも 2020 年発行でまだ新しい情報が多くてしばらくは基本書として十分使える.その前の版から 14 年かかっているので,次の改訂までは更に 5 年以上の時間がかかるだろう.残念ながら今の病理学会にはこの本を 5 年程度ごとに改訂するほどの体力は残っていないし,商業的にもこの販売ペースだと難しいだろうか.

外科病理学に加えて,最新の情報は WHO 及び AFIP で十分,というか特に WHO の充実っぷりが半端ない.今はある程度診断基準が整備されていて,昔のような「〇〇先生が言ったからこれはがん」という状況は少なくなった.もっとも遺伝子異常に基づいて定義された疾患が多くなって,一般病院どころか大学病院ですら診断できないという誰得??という状況になってしまったのだが.

# 講習会

講習会の数は 10 年前と比べて格段に多くなった.昔は IAP のセミナーくらいしかなかったが,今では病理学会の希少がん講習会を始めた多くの講習会,パスポートなどの講習会,さらにはコンパニオン診断関連での製薬会社主催の講演会,といった具合に様々な講習会が開催されている.頑張ればほぼ毎週何かしら日本語で講習会が開催されている.昔は自分も講習会的なことをしていたことがあったが,これだけ講習会が多いと「講習会疲れ」を起こすので,やっていないし,多分今後もやらないだろうな.

ちなみにだが,講習会が増えたのは COVID-19 の蔓延が原因なのでは?と考えている.現地での講習会ができない+オンライン「のみ」の配信は意外とコストが安く済むのと品質自体は変わらないので今後もスタンダードであり続けそう.正直講習会をオンラインでするのは寝てしまう以外のデメリットが思いつかないわ.

# トレーニング

結局技術が進んでもやるべきことはあまり変わらない.固定→切り出し→診断というプロセスは同じ.コンパニオンや遺伝子診断といった付加的な検索は増えた,というかむしろそれが主流になっている.興味深いこととして,自分が病理を始めた頃は免疫染色が主流になっていて,免疫染色だけで良悪性や組織型を決定する病理医を Brown Pathologist なんて揶揄していたが,最近は Brown どころか遺伝子異常の検索で形そのものがなくなってきている.まぁ要するに molecular pathologist になるのだが.

一般的に言えることだが,技術が進歩すればするほど基本的なことが重要になってくる.病理でいうと固定がきちんとできているか,形態的に良性悪性をきちんと判定できているか,遺伝子検索をするにあたって腫瘍を含む領域を正確に認識できているか.高度な技術や知識は代替ができやすいが,基本的な技術を塗り替えるのは難しい.ホルマリンや HE 染色が長年にわたって使われ続けているという事実を見るだけでも説明は不要.

# 病理解剖をなんとかしたい

病理解剖の診断基準の不透明さは今に始まったことではないが,臨床診断と病理解剖診断の乖離が著しくなってきている.というか非腫瘍性疾患については,病理解剖学的に発信することは限定的で,多くは臨床経過をなぞるような記載になりがち.多くの非腫瘍性疾患は病理学的に定義されたものではないからしょうがないのだが,それでもガイドラインみたいなのがほしい.例えば臨床的に敗血症と診断されていれば病理学的にも敗血症があったという前提で議論を進めて良いとか(本当はどうかはわからないけど).

# AI との関わり

現在,病理診断において自分はだいぶ AI に頼っている.2025 年 3 月現在では,頼っているというよりもどうやって頼ったら効率のよい結果が生まれるかと試行錯誤をしていると言ったほうがよいか.現時点では,google 検索を大幅にアップデートしたような使い方になっている.実際あまり馴染みのない疾患の概要を掴むには非常に良い.自分が十分知っているテーマについては深みが足りないかな,ちょっとずれているかなという印象を持っている.

AI の技術自体は文字通り日進月歩で進んでいるので,AI-based の診断が来る時代は決してそう遠くない.この流れを否定しても何も始まることはなくむしろどう取り込むかが課題になる.あと数年くらいで generic な病理診断アプリが開発されるのでは?という雑感.

ただ,課題点として,病理診断の専門家であるためには AI が吐き出している情報をある程度合理的に理解し判断できる必要があり,相当な勉強量が求められる.固定ができているかとか基本的なことと,最終的なアウトプットに関する理解,これらの両極端を専門家として実践できる必要があるため,勉強しなくて良いとかではなくて,(多少の方向性は変われど)常に勉強が必要になるだろうと思うとちょっと憂鬱かしらね.

実際に AI を User のレベルでどう活用できるか考えながら仕事をしていると,技術の進歩は結構ゆっくりだなと思いがちだが,外野からすると多分光の速さで物事が変わっていっているように見えるんだろうな.

# 結局のところ,,,

そんなに変わらないかなというのが現時点での感想.結局やらないといけないことは同じで,それに新しいことが加わっている.しばらくは大変だろうが,できることが増えるということで喜ばしい変化と考えるよいかしらね.

2025年3月4日火曜日

病理診断における周辺状況からの総合的アプローチ

 # Introduction

 「コンフィデンスマンJP」で紹介された言葉の引用から始める.

 > 目に見えるものが真実とは限らない。何が本当で何が嘘か。

これの意味するところは,

  • 目に見えるものだけが真実ではない
  • 目に見えない部分に真実が隠れている場合がある

そして,究極的な真実は誰にも完全には分からない.病理診断において, 「真実は闇の中」では済まされないため、診断基準を設け線引きを行っている.そして,真実は簡単には姿を現さず、病理医は必死にその兆候を探している.

以前のブログ投稿([参考](https://dodompa3.blogspot.com/2023/03/1.html))で「病理診断は数学の証明に近い」と述べた.前立腺癌を帰納法的パターン(経験則に基づく診断)で診断をする.実際は、帰納法的アプローチを拡張した「総合的なアプローチ」で診断を行う.具体例で見ていく.

# Diagnostic Criteria for H. pylori

病理組織において,H. pylori 陽性の判断は、標本上で H. pylori の菌体を探し出すことに基づく.ここに検出の難しさがある.H. pylori は小型の螺旋状桿菌で形態的に特異な特徴が少なく,数が少ない場合、単独での検出は困難である.よって,年間何千件と提出されて来る検体から H. pylori をもれなく適切に探し出すためには前提条件を絞らざるを得ない.言い換えると,「いそうな文脈」 つまり H. pylori 自体の特徴だけではなく、臨床情報や好発部位といった背景も診断の判断材料が重要と言える.

まず病変の局在部位から考える.基本的には「胃粘膜に存在する」と考えられており,大腸などの他の腸管粘膜には H. pylori は存在しない(ただし、十二指腸までは議論の余地あり).よって,大腸生検では H. pylori 陽性と判断されず、通常は言及すらしない(※大腸癌との関連性についての一部報告も存在:[PubMed](https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38427927/).

次に,組織学的文脈について考える.H. pylori が存在しやすい文脈としては,好中球を含む炎症細胞の浸潤及び腺窩上皮の再生性変化(慢性活動性胃炎)が挙げられる.逆にいなさそうな文脈としては腸上皮化生が認められる胃粘膜であり,腸上皮化生粘膜で H. pylori を見たことはほぼない.ただし,再生粘膜と腸上皮化生が混在しているときに,再生粘膜の方だけに H. pylori が見られることがあるので,腸上皮化生の存在自体が H. pylori 検出できないと判断してはいけない.

究極的には H. pylori の菌体を確認することが決定打になるのだが,周辺情報を適宜裏読みしながら検索することで,効率的かつ間違いにくく診断をすることが可能となる.もう一つ,以前にも出した前立腺癌を例にとって考えてみよう.

# Prostate Carcinoma Diagnosis

前立腺癌の診断のアプローチは弱拡大での評価が重要であった.「癌は騒々しく、良性腺管は穏やか」という格言が示すように、腺管の集合体としての挙動に注目する必要がある.一方で,個々の腺管で癌かどうかを判断するのは非常に難しく,1~2 個程度の腺管からなる癌は見逃されるリスクが高い.これらの非常に小さな腫瘍でもある程度経験を積めば個々の腺管での診断も可能だが,その有用性は限定的で実際には腺管群全体の評価が実用的である.

一般的に,評価単位の視点でいうと,個々の細胞よりも、組織単位や臓器単位での評価が、悪性度の把握において明確となる.小さい検体が多い生検検体であっても,一個の腺管よりも周囲の状況を踏まえてなるべく組織構築として評価をしていくことで,情報量を増やし,診断精度を挙げていくことが可能となる.これは特に前立腺癌のような異型の弱い腺癌に対して有効なアプローチと言えよう.

# Total Approach

総合的アプローチの概念の導入する.単一の所見だけでなく、周辺情報も含めた多角的な評価が病理診断において非常に有用.総合的な判断はここの情報をどの程度重視するかで主観が入りやすいことが欠点で,結局わからないということになりがちだが,それでも「間違えにくい」という観点からは有用.正解を出すことも大切だけれども,間違えないことも同じくらい,いやそれ以上に重要といえよう.


対立する所見が見られたときの病理診断の進め方

# Introduction 一般的には,病理診断においては A, B, C, D, ... という所見があって X と診断するというように所見を集めて,通常は一つの診断を目指していく.多くの症例では X に至る A, B, C といった所見は同じ方向を向いており,大抵はストレー...