# 今年の総括
今年はカンボジアの病理診断界隈で個人的には大きな動きはなかったように思う.とはいえ,着実に一歩一歩良くなっている最中ではあるのと,経過をどこかで記録しないと多分埋もれてしまうような気がして備忘録も兼ねて記載している.
# 検査センター周りの環境
自分の指導をしている検査センターの指導は現在に至るまで続いていて,コンサルテーションもだいたい週に 1-2 例くらいの割合で今も受け続けている.コンサルテーションの内容はもっぱら確認の要素や箔をつけるような感じで,大幅に書き直すことは殆どなくなった.診断が異なることはたまにあるけど,そのほとんどが見解の違い程度の些細な違いと言える.中には見立てが大きく異なるものもなくはない.ただ,他のコンサルテーション症例と併せて考えると,全体的な診断能力は確実に高くなっている.多分数年以内には自分と診断能力的にはほぼ同程度になると予想している.
上記の通り,診断内容に関してはある程度満足の行く状況になったことから,次第に診断周辺について手を出し始めた.本来は,標本作製や標本管理は検査としては根幹をなす重要な要素ではあるのだが,実際に検査センターとして運営している以上顧客に対して目のつくところを何とかするのが先.その上でじゃあ取り組もうかという話になる.
そして,標本作製は外勤先の技師の協力を得てなんとか改善する目処が立ったし,検体のマクロ写真をすべて撮影するという目的もかなった.切り出し図をすべて作製するというのはまだ到達できていないが,この問題も近いうちになんとかしたいところ.診断入力システムのバグというか雑な管理は自分がだいぶ吠えたが,紆余曲折を経てようやく満足の行くシステムになってきた.正直こんなことをしなくても別に業務自体は回るし,臓器の分類が狂っていても最終的な報告書には関係ないのであまりコストパフォーマンスはよろしくないかもしれない.でも,これは「精度管理のできているきちんとした検査センターであるため」には避けて通れない道と考えている.
# 某 NGO の先生からのコメントで印象に残ったこと
某 NGO に検体取扱いについて講演に行ったときのこと.若い先生なのにすごくしっかりしているとか,いくつかお褒めの言葉を頂いたが,それよりも依頼した当初よりも診断の文面が少し良くなった気がする,というコメントが一番自分的には刺さった.
邪推するとこれの意味するところは「当初から診断の品質はあまり変わっていない」と解釈でき,そして正直 HE 染色での診断の限界に近いところで仕事をしている.検査センターとしては徐々に品質が改善することは重要なことではあるが,最初だから品質が悪くても仕方ないは基本的に許されない.最初からある一定以上の品質で診断を提供できていたという証左でもあるので,これは正直嬉しいところ.
# 他の病院病理部・検査センターの動向
カンボジアの検査センターでここまできちんとしているところは他にあるのだろうか?自分の知る限りは標本作製環境でここまで丁寧に検体を扱っているところは他にはない(正確には他の検査センターに行っていないのでよくわからないが).本当は他の病院に行って直接指導したいところもあるのだが,現実的には難しい.少ない病理医とはいえ,それぞれの病院で長年やってきた先生ばかりでどこの馬の骨か分からない病理医が上から指導をしても聞いてくれそうにもない.実際に壁にあたった訳では無いが,話をした感じからするとひしひしと伝わってくる.もちろん,アプローチをする方法を考えていないわけでないが.
もう一つ根本的な問題点としてカンボジアの病理医の横のつながりが希薄であることが挙げられる.これは某日系病院の先生と話をして共感してもらえたのだが,仲間で一緒に盛り上げて何かをしようという意識が希薄過ぎる.その証拠にカンボジアの病理の先生に他の病院や検査センターのことを聞いてもよくわからないという返事が返ってくる.みんな忙しいからということだそうだが,流石にちょっとどうにかならないかと思っている.多分国民性なのか歴史なのか,自分たちのことが第一という考え方が根強い.それは後半の内容に関わってくる.
ちなみに今年別府でカンボジアの病理学会(病理医協会?)が一応設立された模様.
# Leading pathology laboratory として君臨すること
上記の事情があることから,他の病院病理部や検査センターに対して直接的な干渉はかなり難しいか現実的に不可能に近い.そうすると現状できることはただ一つで,自分たちがトップに君臨して他の病理部や検査センターに対して間接的に見習ってもらうしかない.偉そうなことをと言われるかもしれないが,それが現実的に可能性のある解決策と考えている.
正直,現時点でもカンボジア国内で我々以上の品質の病理診断を提供できている検査センターは他にないと思う.免疫染色が外注検査で,しかも患者負担になるため行いにくいという制約はあるものの,HE 染色で出せる診断としては日本にも劣らない高い水準でできている.
ただ,懸念点としては他の病理部や検査センターとの差が広がってきている可能性が挙げられる.もちろん杞憂であってほしいのだが,毎週のように難しい症例のディスカッションをしながら診断をしているところと,一人でほとんど相談もせずに(できずに)サインアウトする環境では必然的に差が広がってもおかしくない.HE での診断しかできない環境であっても分子生物学的な理解が HE 診断の品質を高めることと,近い将来遺伝子異常の検索が可能になる可能性が高いので,なるべくそういうディスカッションも組み込んでいる.こういう指導をするためにはある程度の経験が必要なのだが,どうなんだろうか.
なんとかその落差を縮めたいという意図はあるが,現状有効な手立てがなく,自分たちのスキルを高めるのが暫定的な正解になってしまっている.
# アウトリーチ活動
病理診断の水準を高めるのと同時に,病理診断の考え自体を一般の人たちにより理解してもらう活動も重要と考えていて,今年からアウトリーチ活動について意識をするようになった.ただ,そもそもの前提として患者の前に医療従事者(医師・看護師・リハビリ・事務 etc)が病理診断を理解する必要があって,その調査も兼ねて,某 NGO 病院に病理検体の提出方法のレクチャーをさせてもらった.
質問のほとんどが日本人のスタッフからで,ちょうどお祭りと重なっていたこともあってか一番届けたい層には届かなかったが,反応はまずまずといったところで,こういう活動は継続して行っていったほうが良さそう.来年は患者や一般の人向けに病理診断とはなにかという講演ができたら良いと考えている.
もちろんアウトリーチ活動は自分が中心となってやるというよりも一度お手本を見せて,それを改変しながらカンボジアの先生たちの手で広めてもらってほしいという意図がある.
# 後進の育成
最近まで知らなかったのだが,今カンボジアの病理専門医育成の第 4 世代が始まっているようだ.第 2 世代が最近卒業して,第 3 世代が頑張っているかと思っていたら,いつのまにか更に次の世代が始まっていた(レジデントの育成には全く関与していないので知らなくても当然とは言えば当然).
ただ,懸念点というかやはりと思っていたのが,結局 2 世代も半分しか残らないそうで,もう半分は卒業後にフランスに行くとのこと.第 1 世代の先生も何人かフランスに行ったっきり帰って来ていない.この点について,カンボジアの病理診断支援をしている日本臨床細胞学会や国立国際医療研究センターの先生方がどう考えているのか知りたい点の一つで,頑張って育てても残ってくれなければ意味がない,とまでは言わないにしても,意義は減るだろう.そして残っている先生が,あれからどの程度成長したかちゃんと評価していますか?
先程も述べたように病理医の育成は自分の仕事ではないが,後進が出てこないことにはカンボジアの病理診断自体に発展のしようがない.ほかとの比較対象がないので,なんとも言えないが育てた病理医の半分が国内で業務に従事しないのはそれは大きな問題ではないだろうか.
# なぜ育成した病理医が外国に出ていくのか
究極的にはよくわからなくて,彼らに聞いてみたいところではある.間接的に聞いてみたところ,「彼らは病理診断に自信がないから外国に行ってさらに研鑽を積みたいと考えているのではないか?」とのこと.この意見が本当だとしても本当ではなかったとしても,カンボジアの病理診断体制に疑義を投げかける重要な指摘と言わざるを得ない.
仮に本当に自信がないのだとしたら,カンボジア国内でそれを自信に変えられるだけの研修環境を提供できていないことになる.1 期生が卒業して数年経つが彼らが戻ってくるという話は聞いたことがない.多分ずっと戻ってこないだろうし,戻ってきても仕事環境が違いすぎて多分働く気力がなくなるかもしれない.
自信があるにもかかわらず外国に行きたいというのであれば,それはすなわち彼らが活躍できるような職場環境を提供できていないということになる.つまりどちらの意味だったとしてもカンボジアの病理診断体制に魅力を感じていないということになる.
もちろん残ってくれる人も当然いるわけで彼らに対して他の欧米諸国に劣らない・あるいはそれを上回るような職場環境を提供する必要がある.
そうそう,いい忘れていたことだが,レジデント期間に授業料を払うシステムは改善したほうが良いと思っている.30 歳近くまで学生であることを許されるのはお金持ちか苦学生くらいで,前者はそもそも頑張って働く必要はないし,後者は投資の回収に走らざるを得なくなるわけで,普通に働く人が残りにくいシステムと言える.
# 来年にやりたいこと
アウトリーチ活動を続けること,そして FISH 検査を導入すること.これは数年来の悲願でもある.免疫染色は Calmette 病院他複数の病院で現在ある程度広範囲の抗体が利用可能になっている.そして迅速診断は Calmette 病院や KSF 病院(予定)でできるそうだ.免疫染色はある程度稼働しているようだが,迅速診断は依頼が少なくあまり稼働していないと聞く.
検査センターなので,迅速診断は(依頼件数が少ないことも手伝って)少し現実的ではない.免疫染色も考えたが,揃える抗体の種類や期限,管理の煩雑さとすでに複数の施設で実施可能であることを考慮し,カンボジア国内で未導入の FISH に目をつけたところ.直接的な契機は某 NGO からの相談で,依頼件数の見込みが立ったことから,検査センターとして pay しうると考え導入の説得ができたところ.トータルのコストの回収は恐らく 4-5 年はかかるだろうが,一度樹立すれば,単に probe を変えるだけで,検査の幅が非常に広がることからなんとしても実現したいところではある.
遺伝子検査の導入のもう一つの目的は病理医の教育及び魅力的な労働環境の整備とも言える.自分が大学病院などの大きな病院で仕事をすることにこだわり続けている理由の一つが必要な検索ができる,ことがある.病理診断に従事している人は誰しも病気の原因を調べたいと考えていると信じていて,検索の手法が大いに越したことはない.HE だけで診断するのも格好いいけど,免疫染色や FISH を使いこなして診断を詰めていくのも格好いい.結局それが魅力的な職場になるのではと考えてる.給料については正直自分のコントロール外だし,上記のように実家が太い先生たちが多いわけで,彼らの知識欲を満たすことが結果的にカンボジアの病理診断,ひいては医療全体の向上につながると考えている.
そしてその答えは来年の年末に.
0 件のコメント:
コメントを投稿