2018年12月2日日曜日

病理診断管理加算(ダブルチェック)の闇について

1. 病理診断管理加算と実態

診療報酬というシステムの中で,特別なことをした場合に加算をつけることが認められていて,病理診断においても同様.現時点では病理診断管理加算 1, 2 までで,つらつらと書かれているが,結論としては「一人で診断する場合は 1, 二人で診断する場合は 2 で算定する」というふうに理解されている.近年の厚労省との問答の内容からすると,管理加算というのは診断体制に対する加算であって全例する必要はないという旨の話も出ており,「病院に病理医一人なら 1, 二人以上いるなら 2 で算定する」というふうにして届け出をしている施設も少なからず見られる.

2. 管理加算 2 のやり方

いちおう,病理診断管理加算 2 ではダブルチェック体制を求められている.原則的に全例ダブルチェックではないものの,過去には全例ダブルチェックをしていなかったり,非常勤を挟んでダブルチェックをしていたりしていた病院が診療報酬の返還という憂き目にあった病院がある.その経験からあつものに懲りてなますを吹く,みたいに全例ダブルチェックをしている病院はそこそこある(病院によってはトリプルチェックなるものをしているところも...).

一般的にはこのダブルチェックというシステムは診断ミスや大外しと言ったエラーを防ぐ方法として優れているという文脈で話されることが多い.業務量の負担や TAT (turn around time:診断の結果が出るまでの時間) の遅延につながるなど,否定的なコメントもなくはないが,やったほうがいいかどうかに関してはおそらくみんな「そりゃやったほうがいいんでしょうね..」という意見だとは思う.

3. ダブルチェックがパワハラの温床

このダブルチェックのシステムって,極めて慎重に運用しないと,診断精度の向上どころか,イデオロギーの押し付けになりがちになる.対等な立場でのイデオロギーの押しつけは喧嘩に発展し,上下関係のある立場でのイデオロギーの押しつけはパワハラとなって顕在化してくる.これは専門医取得後でも取得前でも状況は変わらない.

病理診断というものは,そもそも診断学自体がまだまだ発展の余地を残しており不確実な上に,提出される検体や臨床情報も perfect な状態とはいいがたいものも少なからずあり,一般の人が想像するよりはるかに不確定要素が多い(その不確定さというものを理解できない一部の臨床医や患者,そして病理医!!がギャーギャーわめている).

その不確実さに対してどう対処するかで,問題の進展が決まってくる.

4. 誤診を指摘すること

最近あった症例として,どどたん先生が癌と診断したものがあったのだけれども,セカンドのチェッカーがこれは良性腫瘍じゃないのかと物申してきた.あたかもこれは誤診したのではないかという強い口調で.

ここにはこういう所見があって,ほら,これ modern pathology に載っていたこれこれとそっくりだよ.だからこれは良性腫瘍じゃないのか,と

こういう形態診断を根拠にした controversial なケースでは時として声の大きなものが勝ちがち,というか勝つ.特に異型の有無についてははっきりいって完全に主観の塊であって,異型があるという人を否定するのは極めて困難である.逆に異型がないということを覆すのは結構簡単.「ここの核腫大しているように見える」といってしまえばいいだけ.仮に結果的に違ったとしてもあくまでどう見えるかは主観の問題なわけで誰も否定はできない.

そういうわけで,対等な診断者による複数例の鏡顕では経験的に悪性よりに引っ張られがち(症例検討会などではどうしても結論が悪性寄りに向かってしまう).

この症例は,あーだこーだといろいろ説得されたが,チェッカーは途中でリンパ節転移していることに気づいたらしく結果,結果的に悪性で診断確定された.

5. 少し余談:研修医の潰し方

実は前も似たようなことを書いたかもしれないけれど,臨床医が研修医をダメにする方法論があるように(この元ネタはここ),病理でも研修医を潰すことくらい朝飯前.レジデントの先生の診断にケチをつければいい,常に.たまに溜息を付きながら.そして結果に影響のない範囲で,診断基準をコロコロ変えればい.管状腺腫を軽度とするか,中等度とするかあたりを微妙にチェックする時期ごとに変える.

優秀なレジデントからすると,先生基準がぶれてますとは面と向かって言いにくいし,万が一言われたとしても,すごく細かく細胞の異型を見つけてこういうときはこうするといいことが多いんだよ,と経験論でねじ伏せる.同じ症例なんて二度と出てこないんだから,こういうときはこうだというふうに,相手が圧倒的に不足している経験論で叩きのめせばいい.

ここで重要なのは免疫染色や FISH, PCR の結果は叩く際に用いないこと.これらのデータは客観性が高くて(もちろん使う抗体やプローベの種類によって結果が異なることもしばしばあるが),ここでネジ曲がったことを言うと全体に対する結果に与える影響が大きい.

そしてほぼ完璧に書けているレポートに対して,難癖をつけるダメ押しの一言が「〜の可能性について言及したほうがよい」というフレーズ.これってどんな完璧な報告書でも指摘可能な万能フレーズで,可能性が仮に 1% 未満であったとしても,言っていること自体は正しくて,これを否定するのは難しい.標本の上に一枚紙を置いて大きく「?」と書いて渡す(置いておく)のも効果的だ.具体的になにが悪いということを記載しないことで,相手をそこの見えない沼に追いやることができる.

しかもその鑑別診断が当たった日には,だから言ったでしょ,ということになって,チェッカーの暴走にもう手がつけられない.

6. それでも間違えた責任は first の診断者にある

いろいろな手を使ってそこまでしてチェッカーがスルーとしたとしても,責任は当然 first の診断者にある.実際最近どどたん先生の周りに起こったトラブルでも,やり玉に挙がっているのは second ではなく first である.Second の診断者も普段はあーだこーだ言いたいことを言っているくせに,トラブルが起きたときは「大変だねぇ」とどこ吹く風といった具合.

仮に間違えたことを言って直させ,結果的にそのことにより誤診になったとしても,あくまで first が納得して書き直したことになるわけで,責任はあくまで first の診断者にある.臨床医からはその過程は見えないし,また立場上強く言えないとかそういうことは裁判ではほぼ考慮されないだろう.ここで登場するフレーズが「医師免許を持っている以上,(後期)研修医だろうが責任はある」ということ.強制と責任が混在している.

7. 安全な丘の上からの攻撃 or 海の life saver 

このようにチェックする側というのは常にマウントを取りやすい立ち位置にあって,安全なところから銃を打ちまくっている状況になる.もちろんその地位にただ立っていることと,そこでなにをするのかというのは完全な別問題.だからチェッカーはそのことを十二分にわきまえた上で相当謙虚に,控えめにしないと,悲惨な状況は起こるのは目に見えていて,そして実際に回りで起こっている.

安全な丘の上から銃をバンバン撃ちまくるようなところで仕事をしていると,日々怯えながら仕事をすることになるし,海のライフセイバーのように溺れそうになっていたところを助けてくれるような存在であれば,心強いと思うだろう.その経験の違いが,ダブルチェックそのものに対する見解になる.

8. 診断の目合わせについて

ついでに,診断の目合わせのためにも,という意見が結構あるのは知っている.しかし,診断の同意を取るあるいは interobserver difference を減らす目的なのであれば,相互にチェックすることにより目的を果たすのではなく,病院内での基準を作るべき.確かに取扱い規約や WHO 分類のみで運用しようとすると細かいところで差異が発生するのはわかるけれども,それがチェックをすることで解消されるとは考えにくい.

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