2025年12月13日土曜日

可逆性細胞障害 reversible cell injury@病態基礎

 # Introduction

  • 有害刺激に対して細胞が一時的な機能障害を示すが,刺激の除去により回復可能な段階に対して,可逆性細胞障害と呼ぶ.
  • 主な原因は,低酸素,虚血,化学物質,感染,機械的損傷など,細胞内のエネルギー代謝障害,イオン恒常性の破綻,酸化ストレスが中心的役割を担う.
  • この段階では,細胞膜の構造と核の完全性は保たれており,ATP 供給が再開すれば機能が正常化する.
  • 可逆性障害は,「細胞がまだ戻れる範囲で崩れている」状態であり,その限界を超えたときに不可逆性変化(壊死やアポトーシス)へ移行する.

# Body

可逆性細胞障害の形態学的変化は,障害の原因にかかわらずエネルギー代謝障害と膜機能の変化に集約される.

## 細胞腫脹 hydropic change

  • 最も一般的な所見で,イオンポンプ機能の低下により細胞内 Na と水が増加する.
  • 細胞質は淡明化し,微細空胞状の変化 vacuolar degeneration として観察される.
  • 肝臓や腎臓などで特に顕著であり,可逆性障害の典型像とされる.

## 脂肪変性 fatty change

  • 主に肝細胞や心筋など脂質代謝の活発な臓器でみられる.
  • ミトコンドリア障害や酸化的リン酸化の低下により脂肪酸の β 酸化が抑制され,細胞質内に中性脂肪が蓄積する.
  • 小脂肪滴の集積から大滴性脂肪変性まで多彩な像を呈し,慢性の低酸素状態やアルコール性肝障害でしばしば観察される.

## 細胞膜・小器官の変化

  • 形態学的には微絨毛の短縮や脱落,ミトコンドリアの軽度膨化,粗面小胞体の拡張などがみられる.
  • いずれも膜透過性とエネルギー生成の低下を反映しており,ATP が再供給されれば構造と機能は回復しうる.

## 生化学的変化

  • 初期には乳酸産生の増加,細胞内 pH の低下,Ca2+ の流入がみられるが,この段階では細胞骨格と核構造は保持される.
  • これらの変化は顕微鏡的には捉えにくいが,臨床検査値の変動(逸脱酵素の上昇など)として先行的に現れる.

# Practical Approach

  • 可逆性障害は「戻れる病理」であり,病変の時間軸を読むための重要な指標となる.
    • 可逆性から不可逆性に変わるポイントとして,ミトコンドリア機能不全の回復不能及び細胞膜(およびリソソーム膜)の構造的破綻が重要である.
    • しかし,これらの現象を形態的に同定することは難しい
  • 細胞腫脹や脂肪変性を観察したときには,その変化が急性か慢性か,そして原因が虚血性か代謝性かを考慮する.
  • 可逆性障害の広がりや分布は,障害の初期段階や回復可能性を示唆する.
  • 病理診断では厳密な推定は難しいが,「どの時点が細胞の限界か」考えながら診断を進めていくことが重要である.

化生 metaplasia@病態基礎

 # Introduction

  • ある分化成熟した細胞が,環境により異なる分化方向の細胞へと置き換わる可逆的変化を化生という.
  • 組織幹細胞が異なる遺伝子発現プログラムを選択して分化する結果として生じる.
    • 新しく別の細胞が異常な方向へ変化するのではない.
  • 本来,環境変化に対して組織が防御的に適応しようとする反応で,もとの機能を失う代わりに生存性を高める代償的戦略である.
  • 刺激が長期に持続すると異形成を経て腫瘍化へ至る場合がある.

# Body

発生の背景により,主として上皮性化生と間葉性化生に分類される.

## 上皮性化生

  • 慢性刺激により,上皮がより耐性のある型へ置き換わる.
  • 代表例は,喫煙や慢性気管支炎に伴う気道上皮の扁平上皮化生,胃食道逆流によるBarrett 食道(円柱上皮化生),慢性膀胱炎における扁平上皮化生などである.
  • いずれも本来の機能(線毛運動や分泌機能など)は失われるが,物理的・化学的刺激への抵抗性が得られる.
  • 持続刺激下では DNA 損傷の蓄積や分化制御異常により異形成 → 癌化が進行しうる.

## 間葉性化生

  • 線維芽細胞などの間葉系細胞が骨・軟骨・脂肪などに分化する現象で,骨化性筋炎や慢性炎症巣での軟骨形成などが例である.
  • この変化も可逆的だが,刺激が持続すると組織構築が恒久的に変化する場合がある.

## 形態学的特徴

  • 上皮化生では,細胞の極性変化と細胞質性状の変化(粘液性 → 好酸性など)が主体である.
  • 異型が目立たない範囲では単なる化生と判断されるが,異型の出現や層構造の乱れがみられる場合は異形成との鑑別が必要である.
    • 細胞診(特に子宮頸部細胞診)では,化生細胞に異型的な変化が見られた場合,異型化生 atypical metaplasia という用語を当てる.

# Practical Approach

  • 化生を認識した際には,まずその刺激源と方向性(どの細胞型からどの細胞型へか)を推定する.
  • 上皮性化生では,環境刺激の持続時間と再生の繰り返しが鍵であり,これが腫瘍化リスクの判断に直結する.
  • Barrett 食道や胆管上皮の化生などでは,背景炎症の持続・酸化ストレス・再生促進因子の関与を考慮する.
  • 病理診断では,化生「刺激に対する組織の再プログラミング」に対する機能の変化であり,機能変化が形態に反映されていると考える.

過形成 hyperplasia@病態基礎

# Introduction

  • 過形成は,組織や臓器を構成する細胞数の増加によって容量が拡大する現象である.
  • 主として細胞分裂能をもつ組織に生じる可逆的な適応反応を指す.
  • 生理的条件下ではホルモンや成長因子による刺激により起こり,機能需要に応じた組織量の調整として働く.
  • 一方で,慢性的な刺激や異常なシグナル伝達によって生じる病的過形成は,しばしば腫瘍発生の前段階とみなされる.
  • 過形成は「増える」ことそのものではなく,増える必要があったという環境の記録として理解されるべきである.

# Body

過形成は発生の背景と制御機構により,生理的過形成と病的過形成に大別される.

## 生理的過形成

  • ホルモン性刺激や組織修復の過程でみられる.
  • 代表的な例は,乳腺の妊娠・授乳期における腺上皮の増生や,肝臓切除後の再生性過形成である.
  • この過形成は刺激が消失すれば可逆的で,組織構築は正常範囲内に保たれる.

## 病的過形成

  • 慢性的なホルモン過剰(例:子宮内膜過形成,副腎皮質過形成)や,慢性炎症・感染による刺激(例:HPV 感染による上皮過形成)により生じる.
  • 制御機構が部分的に破綻しており,持続的刺激が腫瘍化の温床となる.
  • 特に上皮系組織では,過形成と異形成の境界が診断上の重要点である(が,しばしば難しい).

## 形態学的特徴

  • 細胞数の増加による上皮層の肥厚や腺構造の拡張が主体である.
  • 核異型や細胞極性の乱れを伴わない点が腫瘍との鑑別に重要である.
  • 長期化した過形成では間質反応や線維化を伴い,慢性刺激の存在を示唆する.

# Practical Approach

  • 過形成を観察したとき,まずその刺激の性質と持続性を推定する.
    • 細胞が増えるにはそれなりの理由があるはずである.
    • ホルモン性,機械的,炎症性など背景によって意義が大きく異なる.
  • 病的過形成では,異型の有無・分布・層構造の保持を評価し,腫瘍性変化との連続性を考慮する.
  • 「単なる過形成」で終わらせず,その過形成が何を代償し,そして何を誘発しようとしているのかを読む.
    • 過形成は,組織が刺激に対してまだ“秩序を保って増えている”段階を示すものであり,腫瘍との違いは「制御が残っているかどうか」にある.

2025年12月10日水曜日

肥大 hypertrophy@病態基礎

 # Introduction

  • 肥大は,細胞の数は変わらず,個々の細胞がサイズアップすることで臓器全体の容量が増す適応反応である.
    • 細胞の数が変わらないところが極めて重要なポイントである.
  • 生理的刺激(例:ホルモン作用,運動負荷)または病的刺激(例:圧負荷,代償性負担)により,細胞は蛋白合成を亢進させ,機能単位を拡大する.
  • 分裂能をもたない細胞(心筋,骨格筋,神経など)において,肥大は量的増加の唯一の適応手段である.
  • その反応は可逆的であることも多いが,過剰または持続すると代償が破綻し,機能不全や細胞死へ移行する.
  • 細胞数が増加する過形成と細胞数が原則的に不変である肥大とは対となる概念である.
    • ただ,概念的に区別するだけで,実際には混同して使用することが多い.

# Body

肥大は生理的な適応反応から病的代償まで幅広くみられ,背景となる刺激の性質と強度がその形態を決定する.

## 生理的肥大

  • 内分泌刺激や生理的負荷に対する反応である.
  • 妊娠時の子宮平滑筋や運動負荷後の骨格筋などが典型例で,刺激の除去により可逆的に縮小する.
  • 細胞レベルでは合成酵素活性が亢進し,筋原線維や細胞内小器官の増加がみられる.

## 病的肥大

  • 慢性的な負荷や病的刺激に対する代償性変化である.
  • 代表的なのは高血圧や弁疾患に伴う心筋肥大であり,初期には心拍出を維持するが,
  • 持続負荷により心筋細胞の拡大と線維化が進行し,拡張不全・心不全に至る.

## 分子機構

  • 肥大では mTOR 経路や MAPK 経路が活性化し,蛋白合成が促進される.
  • 同時に機械的刺激が核内転写因子を誘導し,構造蛋白の過剰発現を伴う.
  • この代謝亢進は一時的な適応であり,長期的にはエネルギー需給の不均衡をもたらす.

## 形態学的特徴

  • 細胞体積の増大,核の肥大・濃染化,細胞質の好酸性増強がみられる.
  • 心筋肥大では核が長楕円形に伸長し,しばしば核分裂像を伴わずに細胞質が拡張する.
  • 過形成との違いについて,実際にはこの文脈依存で肥大あるいは過形成と判断しており,実際の診断では細胞数を比較することはない.
    • 例えば心筋は肥大であって過形成はしないし,前立腺は肥大とはいうが実際は過形成を見ている.

# Practical Approach

  • 肥大は負荷に対する細胞の積極的応答であり,単なる増大ではなく機能維持のための再設計と理解する.
  • 肥大が観察された際には,その刺激が一時的か持続的かを見極めることが重要である.
    • 心筋や骨格筋などでは,肥大の分布・程度が負荷の局在や慢性度の指標となる.
  • 一方で過剰な肥大は,代謝的限界の結果として壊死や線維化を誘導するため,適応と破綻の境界を読む所見として位置づけられる.


萎縮 atrophy@病態基礎

# Introduction

  • 萎縮は,細胞や組織が機能を維持するために構造を縮小させる適応反応あるいは再調整の過程といえる.
  • 刺激の低下,血流障害,栄養不足,内分泌の変化など,持続的な環境負荷(変化)が加わると,細胞は合成よりも分解を優位にし,容積を減少させる
    • 具体的には,細胞数または細胞の大きさの減少を特徴とし,肉眼的には臓器全体の容積縮小として観察される.
  • この過程は死ではなく生存のための節約であるが,この適応が限界を超えると,代謝は停止し,細胞死(壊死)へと移行する.

# Body

萎縮にはいくつかの機序があり,いずれもその背景には「萎縮が起こる理由」という文脈が存在する.

## 生理的萎縮

  • 発達や加齢に伴い生理的に生じるもので,胸腺や卵巣,骨格筋などにみられる.
  • 必要な機能を終えた臓器は代謝を抑え,構造を簡素化する.
  • 細胞の生存は保たれるが,機能は縮小する.

## 廃用萎縮

  • 長期間の不使用による代謝低下に起因する.
  • 固定肢の骨格筋や義歯欠損部の歯槽骨などが典型例である.
  • 刺激の欠如が,構造維持に必要な信号を断つ.

## 血流・栄養障害による萎縮

  • 動脈硬化や圧迫による血流低下により,細胞は慢性的な飢餓状態に陥る.
  • エネルギー需要に供給が追いつかず,リソソーム活性化や自己融解が進行する.
  • 結果として臓器は均質に小型化し,被膜下線維化を伴うことが多い.

## 内分泌性・神経性萎縮

  • 内分泌刺激の低下(例:副腎皮質の ACTH 欠乏)や神経支配の消失(例:神経損傷後の骨格筋萎縮)により生じる.
  • 依存関係が絶たれると,細胞は維持よりも安定化を優先する.

## 形態学的特徴

  • 細胞体積の減少,核の濃縮,細胞質の好酸性化,脂肪沈着,間質の相対的増加,消耗色素としてリポフスチン沈着などがみられる.
  • 電子顕微鏡的には,リソソームの増加やオートファジー小体の形成が特徴的である.
    • オートファジーは生存戦略のための自己貪食である.
  • これらの変化を観察した際には,なぜ萎縮が生じたのかという背景に目を向けることが重要である.

# Practical Approach

  • 萎縮は,特定の疾患というよりも多くの病態に付随してみられる背景変化である.
  • 萎縮の認識そのものも重要だが,なぜ萎縮しているのかを考察することで,病変の持続期間,原因,予後を推定する手がかりとなる.
  • つまり萎縮は,「結果」として観察される形態であると同時に,「過程」を示唆する時間的な指標である.


可逆性細胞障害 reversible cell injury@病態基礎

 # Introduction 有害刺激に対して細胞が一時的な機能障害を示すが,刺激の除去により回復可能な段階に対して,可逆性細胞障害と呼ぶ. 主な原因は,低酸素,虚血,化学物質,感染,機械的損傷など,細胞内のエネルギー代謝障害,イオン恒常性の破綻,酸化ストレスが中心的役割を担う...