はじめに
どどたんせんせは毎年病理専門医試験で公開された問題を集計して,病理専門医試験の傾向を分析しています.
今年も,公開された問題及び過去のデータベースからいくつか抽出して考察をしてみます.
合格率及び全体の傾向
今年の合格率は 80.2% であった.2020 年は 93% というかなり高い合格率であったことや医師国家試験の合格率を考慮すると,やや渋い.
落とすべき人をきちんと落としている試験といえる.
すでに定着した新傾向の問題とさらに新しい傾向の問題と合わせると,今後数年で出題内容が様変わりするポテンシャルを感じる.
今回の出題内容(I, II 型問題の疾患クイズ)からは 74% の疾患は過去 20 年に少なくとも 1 回は出題されていた.
既出問題割合は徐々に低下しているが,60% は確実に超えている
ここの出題では新しい傾向やごく少数の難問を見るが,全体的に安定した,良質の問題からなっている.
I, II 型問題(○?問題を除く)最近の平均点の傾向
- 平均点は過去 25 年間をたどると多少変動があるものの,おおむね 3.3 - 3.8 点程度を推移している.
- 直近でいうと,少しずつ平均点及び中央値は低下傾向だが,今年はやや上昇した.
2021 3.58
2022 3.73
2023 3.57
2024 3.51
2025 3.59
I, II 型問題と合格率との関係
昔は III 型問題(剖検問題)が合格できるかを左右すると言われていた.
III 型問題の点数は面接点との合計点で,基本的に面接は拾うためのものなので,今回の解析からは除外している.
以下のデータは試験年度ごとの I, II 型問題(○?問題を除く)の平均点の合計と合格率を提示した表である.
ピアソンの相関係数 r = 0.31 で p = 0.132 で,弱い相関は示唆されるが,統計学的に有意とは言い難い.
つまり,合格するかについては従来通り III 型問題の解答が重要と考えられるが,III 型問題は面接と合わせた点数計算であり,面接で挽回する前提で試験問題の解答や受験設計をする必要がある.
試験年度 平均点の合計 合格率
2020 341 93.4
2011 337.76 88
2003 350.4 87.3
2005 338.63 86.7
2016 321.82 86
2002 300.9 85.1
2004 308.99 84.7
2023 321.46 84.1
2021 322.17 83.8
2024 315.59 83.3
2017 331.4 82.6
2014 313.64 82.2
2018 300.21 82
2001 279.89 81.3
2012 349.72 80.9
2022 335.81 80.2
2025 323.34 80.2
2019 343.77 80
2013 290.26 80
2009 286.86 80
2015 315.95 78.2
2010 322.71 76.5
2006 313.05 75.4
2007 311.33 75
2008 323.58 73.3
I, II 型問題で正答率の高かった問題
胃 Anisakis infection
十二指腸 Adenoma, intestinal type
血管 Cystic medial necrosis
顎骨 Osteomyelitis
食道 Carcinosarcoma
膵臓 Solid pseudopapillary neoplasm
リンパ節 Lymphoblastic leukemia/lymphoma
胃 Gastric carcinoma with lymphoid stroma
膀胱 Urachal carcinoma
結腸・直腸 Peutz-Jeghers polyp
外陰部 Condyloma acuminatum
腎臓 Chromophobe renal cell carcinoma
乳腺 Paget disease
皮膚 Glomus tumor
副腎 Myelolipoma
食道 Herpes virus infection
4.5 点以上の得点の問題を取得した問題を提示している.
これらのうち,胃のアニサキスと十二指腸の腺腫以外は以外は全て過去に出題されている問題である.
そして,多くは過去数年で出題されている.
いずれの疾患も総合病院であれば一度は見ていてもおかしくはない症例であるし,病理診断クイックリファレンスなどの定番受験対策本でも頻出する疾患である.
このように,病理専門医試験では同じ問題が繰り返し出される.
去年と繰り返しになるが,多くの人が取れる問題で取りこぼさないためにも過去問のレビューは必要である.
この試験は言わずもがな,多くの人が「試験対策」を行っている現状での得点率であり,8-9 割程度の得点を取れる人でなければ試験対策は必須と言える.
I, II 型問題で正答率の低かった問題
その中で平均点が 2.0 を切った疾患は以下の通りである.
骨髄 Lymphoplasmacytic lymphoma
虫垂 Acute appendicitis + carcinoid tumor
皮膚 Necrobiosis lipoidica
これらの疾患はいずれも過去 25 年間で出題されていなかった.
今年は正答率が特に低い問題は少なかった.
Lymphoplasmacytic lymphoma は MYD88 L265P などが想定されるが,MALT リンパ腫との鑑別はかなり難しいか.
虫垂炎を見たときには,虫垂炎以外の疾患,例えばカルチノイドや goblet cell adenocarcinoma などがないかを慎重に探すべきというのは,難しく感じるかもしれないが,かなり実際の診断に即した出題と言える.
Necrobiosis lipoidica は特徴的だが,ぱっとみて診断するのはかなり厳しいだろう.
今回新規に出題された問題
骨髄 Lymphoplasmacytic lymphoma
唾液腺 NOS Adenocarcinoma
唾液腺 NOS Carcinoma ex pleomorphic adenoma
後腹膜 Dedifferentiated liposarcoma
口腔 Adenomatoid odontogenic tumor
卵巣 Benign Brenner tumor + Mucinous cystadenoma
十二指腸 Adenoma, intestinal type
腹水 Squamous cell carcinoma
軟部 Mesenchymal chondrosarcoma
虫垂 Acute appendicitis + carcinoid tumor
肺 Interstitial pneumonia + invasive mucinous adenocarcinoma
肺 Fibrotic NSIP
心臓 Acute myocarditis
皮膚 Necrobiosis lipoidica
肝臓 Bile duct hamartoma
膣 Trichomonas infection
皮膚 Graft versus host disease
軟部 Traumatic neuroma
骨髄 Colloid degeneration
胃 Anisakis infection
後腹膜 Adrenal remnants
精巣 Pyogenic epididymitis
新規出題疾患をまとめてみた.明らかに非腫瘍性病変や,病的意義があまりはっきりしない背景病変の出題が目立っている.
後腹膜の adrenal remnant などはある程度丁寧に見ている病理部ではそこそこの頻度で遭遇しうる.
アニサキスが今まで出題されてことがなかったことが意外ではあるが,国家試験レベルで有名な疾患なのでおそらく多くの人が回答できたであろう.
毎年繰り返しになるが,ルーチンの病理診断を担当していればおそらく一度は遭遇する有名な疾患ばかりだが,研究主体でやっている人が試験対策として勉強するには範囲が広くてきついかもしれない.
III 型(病理解剖)問題は合せ技の出題
今年の病理解剖の問題は,肺癌(小細胞癌)+急性心筋梗塞+びまん性肺胞傷害の,いわば合せ技のような出題であった.
おそらくだが,肺癌 → 凝固能異常 and DAD → 急性心筋梗塞 and 種々の臓器の虚血 というストーリーで良さそうに思われる.
昔と違って一人の患者に複数の病態が存在するような解剖例は少なからずあるので時代を反映した問題
答え自体は割れそうだが,病態をきちんと考察しがいのある(ここを考察せよ!という指示がわかりやすい)問題で,解答はしやすかったと推測される.
特に,複数の主要な病態が相互にどのように関連するかは究極的には誰にもわからないので,病態生理学的に適切な解答をしている限り正解になるし,模範解答と異なっていたとしても大幅な減点にはなり得ない.
公式のコメントにもあったのだが,試験対策として,病理解剖のリード文に記載のあるフレーズは基本的に絶対と考えたほうが良い.
例えば,血液培養で陰性とあったら細菌感染はない,脾臓重量が正常であれば脾腫はない,などである.
実臨床では全く当てはまらないが,その試験特有の考え方を理解していないと,ドツボにはまってしまう.
出題側に立ってみるとわかるが,そうしないと出題に批判が来る可能性がある
フローチャートの課題
繰り返し強調しているが,病理専門医試験の出題委員は試験の専門家ではないし,どうやら病理専門医試験自体は統括されていない.
それは特に病理解剖問題の出題や模範解答に年ごとのばらつきが強いところに見られる.
今年の問題で言うと,フローチャートにサイトメガロウイルス感染症がいきなり登場しているが,昔であれば,例えばその前提として腫瘍の多臓器転移による悪液質みたいなものを記載しても良さそうに思う.
病理解剖の主病変・副病変,及びフローチャートについては何をどのように書くべきかについてはきちんとした公式の定義自体は存在していない.
病理剖検輯報の記載方法が唯一のルールであるが,これも網羅的とは言い難い.この問題については何年も前から様々な人が声を上げているが多分解決されないだろう(病理解剖に本質的な意味での再現性や客観性を求めると,病理解剖自体が成立しなくなるか,非常に限定的な意味合いしかもたなくなってしまうので).
というように,フローチャートに対して批判的なコメントを書いているが,受験者の思考過程を見るには非常に有用であるため,今後も求められるだろう.
今後の対策
今回の分析では過去問を完璧にすることで 74% の問題は正答を得られる可能性があることが分かった.
残念ながらこの比率は今年は少なくとも低下していたし,今後も低下する可能性がある.
最近新規に出題されている問題の傾向として,次のような特徴が挙げられる.
疾患に関連した遺伝子異常を答える問題
正常構造や良性疾患等
切り出しや迅速診断
分子病理専門医の橋渡しとなるような問題
そして,単に疾患名を答えるだけではなく,遺伝子異常を含めた病態をきちんと理解しているかを問うような傾向にある.
つまり,腫瘍であれば,遺伝子異常を含めた統合的な診断を,非腫瘍であれば,診断報告書には記載されにくい正常構造や遺残物などが出題対象となる
当座は,疾患当クイズ (I+II 型) については現行の過去問やクイックレファレンスなどの勉強方法で十分である.
ただ,今後は上記を踏まえて,疾患の特徴的な遺伝子異常にも配慮した学習が絶対的に必要となるであろう.
また,正常構造を問う傾向は今後も続くと思われ「病理と臨床 2017年臨時増刊号 病理診断に直結した組織学」などで知識の補強を行うことが望まれる.
I 型の○?問題については,過去問+αで新しい問題が出題されている.法律関係や保険診療関係は学習をしようとしても幅が広くなるかつルールが変更されるので,過去問をカバーする程度にしたほうがコストパフォーマンスの観点からは必要十分である.
病理解剖問題はさすがにリード文だけでは確定ができない出題になっている(本来そうあるべき!)が,おそらくスライド自体は典型的で専門医受験クラスであれば余裕で認識できるレベルと思われる.
病理専門医試験の中で,臨床的な知識と経験が要求される問題であるため,日頃から臨床病理相関をつける癖をつける必要がある.
もし内科的知識が足りないという自覚があるのであれば,シンプル内科学や国試対策の内科学のあんちょこテキストレベルでもよいので,網羅的な内科の教科書を通読することをおすすめする.