どどたんせんせは毎年病理専門医試験で公開された問題を集計してデータベースを作成しています.そのデータベースからいくつか抽出して考察をしてみる.まずは疾患あてクイズから.
# 最近の平均点の傾向
平均点は過去 24 年間をたどると多少変動があるものの,おおむね 3.3 - 3.8 点程度を推移している.直近でいうと,少しずつ平均点及び中央値が下がっている.
過去 5 年間での平均点の平均の推移
- 2020 3.79
- 2021 3.58
- 2022 3.73
- 2023 3.57
- 2024 3.51
過去 5 年間での平均点の中央値の推移
- 2020 4.055
- 2021 3.825
- 2022 3.925
- 2023 3.775
- 2024 3.755
難化傾向とも言えなくはないが,平均点の差は出題内容と併せて見るにほぼ誤差と言える程度であり,良質の問題からなっている.後述するように全体的に安定した問題セットであり,病理診断の実力を測定するに格好の出題である.若干の難問を除いて少なくともここ数年は安定した出題になっており,来年度の受験生はオーソドックスな勉強で全く問題ないと言える.
# 正答率の高かった問題
- Infective endocarditis
- Invasive lobular carcinoma
- Condyloma acuminatum
- Sebaceous carcinoma
- IgG4-sclerosing cholangitis
- Low-grade appendiceal mucinous neoplasm
- Metastatic carcinoma
- Adenocarcinoma
- Cholangiocellular carcinoma
- Angiosarcoma
- Splenic infarction
- Medullary carcinoma
- Trichilemmal cyst
- Amebic colitis
- Solid pseudopapillary neoplasm
- Salivary duct carcinoma
- Lichen planus
- Glioblastoma, IDH-wild type
- MALT lymphoma
4.5 点以上の得点の問題を取得した問題を提示している.これらは骨髄の癌転移以外は全て過去に出題されている問題であり,その多くは過去数年で出題されている.そして過去に出題されているときよりも正答率が上昇しているものが多い(多くの人が試験対策をしている).もちろんここに掲示されている問題はいずれも基本的かつ重要な疾患であり,過去に出題されているかどうかによらず専門医レベルとしては解答できなくてはいけない.
このように,病理専門医試験では同じ問題が繰り返し出される.もちろん日常の診断を丁寧に行っている人にとっては簡単と感じるかもしれないが,多くの人が取れる問題で取りこぼさないためにも過去問のレビューは必要である.言い換えると,多くの人が「試験対策」を行っている現状での得点率であり,8-9 割程度の得点を取れる人でなければ試験対策は必須と言える.
# 正答率の低かった問題
その中で平均点が 2.0 を切った疾患は以下の通りである.
- Mixed neuroendocrine-non-neuroendocrine neoplams
- Ductal hyperplasia
- Peutz-Jeghers polyp
- Parosteal osteosarcoma
- Glomus tumor
- Small cell carcinoma
- HSIL
- Lipoblastoma
- Endometriosis
- Follicular hyperplasia
- Anterior lobe of pituitary gland (normal histology)
- Inverted papilloma
- Epidermoid cyst
- Right lung S6 (normal anatomy)
Ductal hyperplasia は 2001 年を最後に出題されていなかった(その時の平均点は 3.01 点).Glomus tumor のように過去に出題されてはいたが,胃の出題は初めてなど,比較的稀な臓器での出題が見られた.子宮頸部細胞診の HSIL は何度も出題されているが,細胞診として出されると正答率は比較的低めである(気持ちはとても良くわかるが).気管支擦過の Small cell carcinoma も細胞質を少し認識すると腺癌と間違える可能性もある.
これらの疾患について次のような傾向にまとめられる.
- 新規出題(過去に出題例がない)あるいはかなり昔の出題からのリサイクル
- 異なる臓器(≒好発ではない臓器)での common な疾患
- 正常構造,反応性,良性疾患の出題
# 今回新規に出題された問題
- Anterior lobe of pituitary gland (normal histology)
- C3 nephritis
- Endometrial stromal breakdown
- Intramuscular lipoma
- Lipoblastoma
- Myxofibrosarcoma
- Parosteal osteosarcoma
- Secretory carcinoma
- Adenomatoid odontogenic tumor
- Follicular hyperplasia
- Intracholecystic papillary neoplasm
- Thymic cyst
分類の仕方によって多少違いはあるが,2001-2023 までの過去の出題例から見て新規出題と思われる疾患を抽出してみた.唾液腺の secretory carcinoma は 2009 年に乳腺の secretory carcinoma として出題されている.Endometrial stromal breakdown は HE だけで診断するのはちょっと難しいような感じもあるが,正答率はやや高めである.C3 nephritis はかなり難しいとは思うが,蛍光抗体と併せて出題されるとそこまで難しくはない.比較的新しい疾患は組織形態像ではなく特殊検索などにより定義されているため,HE のみでは出題しにくく,免疫染色や FISH などが出されるとすぐわかってしまうという難しさがある.そのため「診断に有用な免疫染色は?」みたいな変化球的な出題になりがちである(例:mantle cell lymphoma -> cyclin D1, Burkitt lymphoma -> MYC, well-differentiated liposarcoma -> MDM2).
今回の問題セットで印象的なこととして,intramuscular lipoma, lipoblastoma, myxofibrosarcoma, parosteal osteosarcoma が出されている.報告書にも記載されているが,骨軟部腫瘍で新規出題がなされている.もちろん正解できたらすごいが,わからなくてもしょうがないと思っている.Intramuscular lipoma は well-differentiated liposarcoma との鑑別が必要になるし,後 3 者は骨軟部腫瘍の専門施設でないとおそらく見ることはないだろう.対策をすること自体は否定しないが,骨軟部腫瘍は放射線画像を含めてある程度読める必要があるのと,組織像が疾患同士で overlap しうるので,研修環境にいなければ無理に勉強しなくてもいいように思う.
# 病理解剖問題は安定した定番の出題
多発性骨髄腫 → アミロイドーシス → 心不全及び多臓器不全 → 死亡というシンプルな出題であった.病理解剖で経験しなくとも,骨髄生検や胃生検などで類似した経過をよく経験するので,自験例の病理解剖としてみたことがなくてもおそらく解答自体は可能なはず.
骨髄腫とアミロイドーシスの関連を言及できていない受験生がいたと報告書に記載があるが,それは流石にまずい...
強いて言うなら,アミロイドーシスの 5 亜型を全て完璧に述べるのは難しいかもしれないが,少なくとも 2-3 種類は答えられるはずで,部分点を狙いに行くことで十分合格点に達せられるようにできているはずである.
# フローチャートの問題
何度も言っているが,病理専門医試験の出題委員は試験の専門家ではないし,どうやら病理専門医試験自体は統括されていないように見える.それは特に病理解剖問題の出題や模範解答に年ごとのばらつきが強いところに見られる.従来であれば多発性骨髄腫 → アミロイドーシスというシンプルな矢印になっていたし,アミロイド生成・沈着という過程を示すような項目が中心に来ることは稀である.
病理解剖の主病変・副病変,及びフローチャートについては何をどのように書くべきかについてはきちんとした公式の定義自体は存在していないように見える.病理剖検輯報の記載方法が唯一のルールであるが,これも網羅的とは言い難い.この問題については何年も前から様々な人が声を上げているが多分解決されないだろう(病理解剖に本質的な意味での再現性や客観性を求めると,病理解剖自体が成立しなくなるか,非常に限定的な意味合いしかもたなくなってしまうので).
# 今後の対策
今回の分析では過去問を完璧にすることで 86% の問題は正答を得られる可能性があることが分かり,疾患当クイズ (I+II 型) については現行の過去問やクイックレファレンスなどの勉強方法で十分である(2023 年は 82%).ただ,懸念される点としては,試験対策としての完成度が上がるほど出題する側としては対策をせざるを得なくなり難化傾向に繋がりがちである.
さらに近年では疾患概念の変遷に伴って,従来の疾患名を答える問題だけではなく遺伝子異常を答える問題や,正常構造や良性疾患等の従来あまり出題されなかった疾患,切り出しや迅速診断などより実務に即した問題が出題される傾向にある.病院で病理診断のトレーニングをしている人にとっては通常業務を聞かれていることになり,より有利になるが,研究と同時にトレーニングをしている人には少し厳しいかもしれない.
正常構造を問う傾向は今後も続くと思われ「病理と臨床 2017年臨時増刊号 病理診断に直結した組織学」などで知識の補強を行うことが望まれる.
なお,I 型の○✗問題については,過去問+αで新しい問題が出題されている.法律関係や保険診療関係は学習をしようとしても幅が広くなるかつルールが変更されるので,深入りはおすすめしない.トレンドはあるにはあるが,せめて過去問をカバーする程度にしたほうがコストパフォーマンスの観点からは必要十分である.
病理解剖についても近年は比較的素直な(言い換えれば臨床情報を読めば主病変・副病変の大方が判明するような)出題になっている.病理専門医試験の中で,臨床的な知識と経験が要求される問題であるため,日頃から臨床病理相関をつける癖をつけることと,もし内科的知識が足りないという自覚があるのであれば,シンプル内科学など,網羅的な内科の教科書を通読することをおすすめする.